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中編
「アイスローーック!」アイス・ジャスティスが一輝に向けて軽く手を振った。
銃を持った右手に痛みと重みを感じた。右手が拳銃ごと氷で包まれていた。一輝は慌ててしゃがみ込み右手を地面に叩きつけた。三回目で氷は粉々になった。
そのまま片膝立ちの体制で左手をアイス・ジャスティスに向けて言った。
「待て、俺はこいつらの仲間じゃないぞ。分かるだろう、俺がこいつから銃を奪ったんだよ」
アイス・ジャスティスが人差し指を立て、それを小さく振る。
「ビーー・クーール。往生際が悪いぞ。悪党よ、観念しろ」
彼の決めポーズだった。フィギュアと同じポーズだ。
周りの野次馬から歓声と拍手が沸き上がる。
「パチパチじゃねえ。馬鹿、お前らも見てなかったのか? 俺は彼を助けただろう」
一輝は周りを見渡すが、そこからは蔑むような視線しか感じられなかった。
警官はどうだ?
ダメだ。彼らは腕組みをしてアイス・ジャスティスの言葉に深く頷いている。
一輝も黒のスーツ姿だったが、ストライプが入っていて強盗団のものとは似ていない。仲間に見えるはずはないのだ。
立ち上がり銃を捨てようとしたが、手から離れなかった。凍り付いて肌に張り付いている。
「レインアロー!」
つららが空から降ってくる。
一輝は警官とアイス・ジャスティスから遠ざかるように黒のワゴンに向かって駆け出した。そのままヘッドスライディングの要領でワゴンの下に潜り込んだ。ドスッ、ドスッと音が響く。ワゴンの屋根に無数のつららが突き刺さっている光景が目に浮かんだ。
必死にはい出し、一直線に人混みに向かって突き進んだ。野次馬の人垣が避けてくれることを期待して、猛然とダッシュした。予想通り、拳銃を手にした男の前に立ちふさがるものは現れなかった。アーケードのある商店街に入り込んだ。買い物時で人が多いなか、敏捷に人通りを避けて進んでいく。
取り敢えず逃げたが、これからどうする?
一輝にはあの場を逃げる選択肢しかなかった。アイス・ジャスティスは悪人には容赦しない。一輝は悪人ではないが、アイス・ジャスティスがそう思い込んでいればどうしようもない。
何とか、話を聞いてもらい誤解を解かなければならない。
背後からジェット音が近づいてくる。
一輝は速度を上げ、アーケード通りに交差する横道に駆け込んだ。幅は三メートルほどの路地だ。そこで足を止め振り返る。そして両手を上に挙げて降参のポーズでスーパーヒーローを待った。
アイス・ジャスティスが角を曲がって現れた。真正面に立つ一輝の姿を目にして動きを止めた。足の裏から吹雪を噴射して二メートルほどの宙に浮かんでいる。
「降参か。大人しく、銃を捨てろ」
「俺は強盗じゃない。銃はまだアイスロックのせいで手の皮膚に張り付いていてとれない。無理にはがそうとするなら手の皮がむけてしまう」
「どうやら、大人しく投降する気はないようだな。フローーズン……」
「待て、待て、話を聞け。FCFなんてやめろ! お前を撃った強盗から俺が銃を奪ったんだ」
「コメーーットーー……」
「だから銃撃は一発で済んだんだろ! とにかく聞け」
「フラッ……」
またしてもアイス・ジャスティスは最後まで必殺技を唱えることができなかった。
一輝は腕を降ろしてアイス・ジャスティスに向けて発砲したのだ。パニックになったための咄嗟の行動だった。
弾丸はアイス・ジャスティスの右の耳をかすめて飛んでいっただけだが、FCFを防ぐことはできた。
フローズンコメットフラッシュは、ターゲットの四方八方に何百もの氷塊を生じさせ、それを次々にぶつける技だった。氷塊は数センチから数十センチの大きさだったがどれも角張りゴツゴツしていた。ターゲットはその氷塊に切り刻まれてミンチになるのだ。骨も粉々になり洋服も切り刻まれる。身元確認も不可能な死体になるのだ。いや、それはもう人の姿をとどめてもおらず死体ですらない肉骨のかたまりなのだ。ペースト状になって棺桶に入れられるのだ。
それだけは嫌だった。勘違いのためにそんな目に会いたくなかった。それに大事な用があるのだ。
詩穂を迎えに行かなければならなかった。二歳の娘。今日が初めての保育園。母親や父親と初めて離れたのだ。
仕事中も気が気でなかった。「パパ、ママ」と泣いてないか心配でしかたなかった。迎えに行く予定の十二時まであと十五分しかなかった。
アイス・ジャスティスが体制を立て直すのを待たずに踵を返して逃げ出した。
弾丸を一発発射しただけだが銃が温もりを帯びていた。走りながら右手の銃をゆっくりと引きはがした。わずかに皮膚が捲れて血がにじんだだけで済んだ。一輝は銃を放り投げ走り続けた。
発砲したことで静かに話し合うこともできなくなった。空を飛ぶ相手に逃げ切れることもできない。説得もできない、逃げられないならどうする?
右に曲がって車道を目指した。こちらも覚悟を決めなければならない。
いくら走っても少しも汗をかかなかった。背筋の悪寒が止まらなかった。息は上がっていたが、迫りくる氷の死神の気配から逃れようと必死だった。
目当てのものはすぐに見つかった。ガソリンスタンドだ。奴の氷結能力に対抗するにはこれしかなかった。
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