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刺青
「いたい……」
ノズチは、恨めしげな声で呟き、顔をしかめた。
腕に滲んだ血は幾筋もの滴となって、ノズチのまだ細い腕に滴った。
赤くない。黒い血だ。真っ黒な煤を含んだ血。
「我慢せぇ」
ノズチの叔父で、まじない師のモシキは、さらりと言い捨てる。ノズチがいくら抗議めいた視線で睨みつけようと、モシキは全く頓着しない。次なる文様を彫るために、鹿の骨を削って作られた鋭く細い刃をノズチの肌にあてがった。目を細めて刃の傾き具合を整えている。
もう勘弁してよ、こんなの無理だよ、と、喉まで出かかった言葉を、ノズチは無理矢理呑み込む。
痛みから逃げて刺青が彫り上がらなければ、きっとまた、従兄弟のカンザルに臆病者扱いされて笑われるのだ。
それだけは絶対に嫌だ。
耐えなければ。腕の文様が彫り上がるまでの辛抱なのだから。そう思いながら眉根のあたりに力を入れた。
男の子も年の頃を十も越えれば一人前。だからその証に刺青を彫る。ノズチの住むムラではそういうしきたりだった。
モシキは左手に握った刃をノズチの腕に当てて、右手に持った木槌をカッと打ち込む。
血が噴き出した。
「……っ!」
ノズチは、ひゅっと息を吸い込んで、声にならない悲鳴を上げる。
そうしているうちにも、モシキは手際よく刃の位置をずらしつつ、カッカッカッ、と槌の音を響かせて、ノズチの腕に傷を付けていく。
絶え間ない激痛に襲われて、思わずノズチの目尻から涙があふれた。
「泣くんじゃない、もう大人じゃろうて」
モシキは、くくくく、と喉で笑いながら、今度は、煤を溶いた黒い水をノズチの傷口に容赦なく擦り込んでいく。
笑われて腹が立ったが、痛くて痛くて、今はそれどころじゃない。
モシキが手を動かす度に、ノズチは小さく呻き声を上げた。
ヒィヒィと悶絶するノズチを諭すように、モシキは言う。
「オニに生き血を捧げたモンは立派な一人前じゃ。一人前の男は泣かぬものだぞ」
その瞬間、オニという言葉に、ノズチの心臓がどきりと跳ね上がる。
痛みとはまた別の理由で、何かを叫び出したくなった。
今ここで、いっそこの叔父に「本当の事」を打ち明けてしまいたい、という衝動が沸き上がる。
しかし、言う事はできない。どうしても。
唇を噛みしめて、ノズチは、痛みと衝動に必死で耐えていた。
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