まじないの才

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まじないの才

 ムラは騒然とした。あやしのモノにレイレが足を取られたばかりか、イリリが喰い殺されたのだ。  皆が額を寄せ集めて話し合った結果、祈り場の石柱が倒れたために、魔のモノを防ぐための結界が壊れてしまったのだろうという結論に至った。  魔のモノはすぐ近くまでやってきて、ムラの者達の命を狙っている。一刻も早く、石柱を元に戻さなくてはならない。  ムラの中でも特に頑強な男達が選ばれ、祈り場に向かうことになった。祈り場に行く一行の中には、モシキもいた。まじないの力で魔を少しでも遠ざけるためだ。 「おじさん」  モシキに、ノズチは声をかけた。  ムラ全体が慌ただしく動く空気の中、モシキも、椎の木の下に座ってまじないの道具を揃え、余念なく準備をしていた。 「どうした、ノズチ」  モシキは手を止めて振り返った。 「ごめん、おじさん……レイレ兄さんが怪我をしたのも、イリリおじさんが死んだのも、俺のせいだ」  ノズチは、モシキの傍らに膝を抱えて座り、声を震わせながら打ち明けた。 「ほう……それはまたどういう事だ?」  モシキは、ノズチの顔をまじまじと見ながら、優しい声色で聞いた。 「実は、俺、あの夏至の夜、怖くて祈り場から逃げ出してしまったんだ。オニの姿が恐ろしくて。オニに血を捧げられなかった……だから、きっとオニが怒って祟りをなしているんだ」  言いながらも、涙がこぼれそうになり、ノズチは目元を掌でごしごしとこすった。 「ノズチ……お前は、もしやオニの姿を見たのか?」  ノズチの懺悔を聞いてモシキの顔色がさっと変わった。しかし、ノズチの失態を咎めている様子ではなかった。モシキは明らかに別のことを気にしている。 「うん……白くて長い髪を垂らして、赤い目をして……体中に刺青をしていた」  気圧されるようにノズチは、あの夜に目にしたものを答えた。 「そうか、やはり……」  モシキは感極まったように、目を何度も瞬かせた。ノズチは、モシキが言わんとしている事がまるで分からず、ただ、ぽかんとしてモシキの顔を見返していた。 「思った通りじゃ。ノズチ……お前にはまじないの才があるのう」  ノズチには、やはり、モシキの言っている事がよく飲み込めない。 「オニの姿を見た者はほとんどいない。お前に見えたという事は、お前はオニに選ばれたのだ。お前にまじない師の素質があるらしい事は前から気が付いておった。ノズチ……わしの跡継ぎは、いずれお前に、とずっと考えていたのだよ」 「でも、カンザルがいるだろ?」  ノズチは戸惑いながら言った。 「……カンザルにはまじないの才はない。弟のワヘもじゃ。息子達はわしの力を受け継がなかった。まじない師というものは、血筋だけで受け継げるものではない」 「それって、カンザルには話したの?」 「ああ」  モシキは複雑そうな表情で頷いた。  カンザルがノズチにきつく当たるのは、父の跡目をノズチに譲らなければならないことをカンザルが知って、心に蟠りがあったからなのだろうと、ノズチは胸の内でようやく納得した。 「でも、まじないの才があっても、俺はオニを怒らせてしまった……ムラの皆を危ない目にあわせてしまっている……」  まじない師になれる力があると聞かされても、ノズチの心は晴れなかった。ノズチは再び、悲しそうに俯く。 「はて……」  モシキは首を傾げた。 「果たして、オニがそのような事だけで怒るものかのう……わしもこの目で確かめなければならんな……」  そう言うと、モシキは用意した呪具と太鼓を肩に担ぎ上げ、立ち上がった。 「わしもこれから皆とともに祈り場に行く。もしかしたら、我らも、レイレやイリリと同じように、オニか、あるいは魔のモノに襲われるかもしれん。わしに何かあった時は、ノズチ、お前がわしを継いでまじない師になるのじゃ。良いな?」 「そんな……」  ノズチが絶句し、また、泣きべそをかきそうになっていると、モシキの大きな手がノズチの頭を撫でた。 「お前はもう一人前だ。腕に刺青を入れたのだからな。頼んだぞ」  モシキは笑ってそう言うと、すでに支度の整った男たちの元へ歩いていった。  モシキの背中を、ノズチは言葉もなく呆然と見送る。その時、ふと、背後に微かな気配を感じた。振り返る。すぐ傍の家の影から、何者かが去っていくところだった。  背格好から見て、ノズチには、その人影がカンザルのように思えた。
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