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「なあ、怖い話してやろうか?」
この車の持ち主、相川は、顔色が悪いながらも、いつも通りのひょうきんな声で言った。
『今度の週末、ドライブでも行こうぜ』
日帰り旅行に誘ってきたのは相川からなのに、当日のコイツは見ていられない位真っ青な顔色をしていて、俺はドライブの中止を提案した。
なのに相川は、
「お前が運転していいよ、俺は後ろで寝てるから」
などと言い、本当に後部座席に座って、車を発進するように言ってきた。
助手席は空っぽだ。
結局、一日あてもなくドライブをするはめになった帰り道、やや眠くなりかけていた俺には、うってつけの話だった。
辺りは暗くなっていて、山道に時おり現れる古いトンネルが、オレンジ色の光の中でこの車を待ち受ける。
「いーじゃん、話せよ相川。眠気覚ましにはちょうど良い」
俺はハンドルを握る手に力を込めた。
「……先週な、俺、いつも通りこの車でドライブ行ったんだ。それで、県をまたいで遠出して、帰りはかなり遅くなっちまった。
ちょうど今みたいな、暗い山道に、時々トンネルがある位のさびしい道だよ。
対向車も少なくて、次の日は月曜日だったから、もう俺が走ってる時間帯に、外を歩く奴も居なかった。
小雨が降っててな、真っ暗な木々の間とか、ポツンと光る街灯しかなかった。
そしたらな、あるトンネルの前に、公衆電話があって、そこに一人の女が立ってるんだ。
おかしいだろ、夜中だぜ。
山道の、誰がいつ使ったかも分からない公衆電話の前に、女が立ってる。
緑色の、目立つ明かりの色だからな。
かなり遠目でも分かったよ、女が居ることはな。
それで俺、
『うわー、幽霊見ちゃったかも』
なんて思ったけど、万一、彼氏に山に置いてかれた女の子とかだったらかわいそうだろ。
そう思って、車止めて、公衆電話のところまで行ったんだ。
『大丈夫ですか?』
っつって。
そしたらさ、『家まで送って欲しい』って言われたんだよ。
それで俺、後ろ乗んな、街まで送ってってやるよ、って言ってさ。
後部座席乗せたんだ。
そんで、今のお前みたいに、バックミラーごしにたまに女の事見ながら、街まで下りたんだよ。
ずっとうつむいててさ、長い髪で、顔なんか全然見えなくてさ。
それで、俺、街の明るい所とか、コンビニ前とか探して、それで、
『この辺で良い?』
って振り向いて聞いたらさ、女、居なくて。
座席だけ、びっちょり濡れてたんだ……」
………………。
俺は、真剣に聞いて損した気分になった。
「……相川さあ、それ、よくある話じゃね?」
少ししびれた腕の力を抜いて、鼻で笑いながら言った。
「眠気覚ましにはちょうどよかったけどさ。つか、そう言う話っていっつも、座席がびしょ濡れで、いつの間にか女が消えて終わるよなー」
相川は、バックミラーごしに、泣き出しそうな、ホッとしたような顔で言った。
「うん、ごめんな、俺も、昔はこんな話、信じてなかった。
何でこんな話の中の女って、最後そうやって姿消すんだろうなって、ずっと思ってた。
女、消えてないんだ。
ずっとこの車の中にいる。
車に乗せたあの日から、運転中、俺の首を絞めたり、ブレーキ聞かなくさせたりするんだ。
でも、お前が乗ってから、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと、助手席でお前の事見てる。
ごめんな、本当にごめんな、お前が気に入ったみたいだよ」
ハンドルを握る俺の左腕を、ひんやりと濡れた女の手が掴んできた。
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