《第二章》心決して

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 脚を肩幅に開いたあと、鏡越しに柳井を見ると目が合った。  気まずさからすぐに目をそらすと、後孔を執拗に苛んでいたものがすっと離れていった。  心ならずもさらけ出したところから伝っていた感触が去り、紗瑛はほっと息をつく。しかし次の瞬間、火照りが収まらないところから引きつるような痛みが走った。体の深いところを突かれた衝撃が走る。 「うっ!」  紗瑛は顔をしかめさせた。  とっさに体を離そうとしたが、腰をしっかり掴まれているのでできなかった。鏡についていた手を握りしめ衝撃に耐えるけれど、開いた脚が勝手に内股になりがくがくと震えだす。 「うっ……」  腰を掴む手の力が強くなった。それと同時に、背後からうめき声がした。 「何度も指で触れた場所だが、ここで直接触れると新鮮に感じる」  柳井はほくそ笑みながら、紗瑛の最奥をえぐるように腰を動かした。  その動きに合わせて、接しているところから聞くに堪えない水音が立ち上がる。部屋に響いているのはそれだけでなかった。か細いながらも、悦に飲み込まれかけている女が漏らす吐息も響いている。  三年にわたる付き合いはダテではない。柳井は紗瑛の弱いところを的確に突いていた。  そこを責められたら、たちまちのうちに快楽に支配されてしまいかねない。突かれているところから溶けてしまいそうな錯覚に陥りそうになりながら、紗瑛は瞼をぎゅっと閉じて耐えていた。しかし、肉体は勝手に悦を求めている。初めて直に触れる柳井のものを締め付けては、そこから生じる快感で紗瑛を苛んだ。下腹の奥で熱と疼きが密度を増していく。  だが、耐えているのは紗瑛だけではなく、柳井も耐えているようだった。乱れた息づかいに混じって、時折苦しそうな声が背後から聞こえてくる。腰を掴む両手が熱い。指が肌に食い込んだ。 「確かめさせてもらうぞ」  息を弾ませながら、柳井が言った。それまで腰を掴んでいた手が離れ、紗瑛の股間に伸びる。リングに締め付けられたまま膨れ上がった陰梃(いんてい)を押しつぶされた瞬間、そこから痛みと鋭い快感が貫いた。  あっという間も与えられないまま絶頂に押し上げられてしまい、紗瑛は背をのけぞらせ、陸に打ち上げられた魚のように口を大きく開きはくはくとあえぎ出す。うっすら上気していた肌がさらに赤くなった。どっと噴き出した汗が、桃色に染まった肌を濡らす。  柳井は険しい顔で鏡に映る紗瑛のしどけない姿を眺めながら、絶頂の余韻が残るところをまさぐり始める。彼の体も汗で濡れていた。 「はぁ……っ!」  紗瑛は切なげに顔を歪ませて、体を震わせた。  すっかり充血しきった肉の芽の根元に柳井の指先が触れたせいだ。しかも、ゴムリングが嵌められているところを強弱を付けてつまみだす。その動きに合わせて柳井のものが埋め込まれたところが切なく収斂し始める。硬い怒張の感触が伝うとともに、生まれたての快感が体の奥からせり上がってきて、紗瑛の体をさらに震わせた。 「うぅ……っ!」  声を詰まらせたのは柳井だった。眉根を寄せて、顔をしかめさせている。柳井は荒い呼吸を繰り返しながら、陰梃の根元にはめ込んだものを器用に取り外す。 「あっ! あぅ……っ!」  陰梃の根元にはめ込まれたものが取り外されたと同時に、指が離れていった。紗瑛は息も絶え絶えになりながら、鏡に縋り付く。  鏡に押しつけた頬から伝う鏡面の冷たさが心地よい。火照った肌から伝う冷たさが、たび重なる責めで苛まれた体に残る快感の余韻を薄れさせていった。  反らした背には汗がびっしりと浮かんでいる。すっかり乱れてしまった黒髪が、汗で濡れた背中に張り付いていた。股間に差し込まれていた手がそれに伸びる。柳井は背中の中程にまで垂れた黒髪を掴むと、無慈悲にもぐいと引っ張った。 「あ……うっ!」  いきなりうしろから髪を引っ張られたせいで、鏡に押しつけていた顔が上げられる。引っ張られたところから痛みが走り、紗瑛は顔を苦しげに歪ませる。 「見ろ。自分の姿を」  柳井は無情な声で言い放った。  紗瑛が鏡に映る自分の姿に目をやると、背後にいる柳井と目が合った。彼は真顔だった。視線がぶつかった直後、体の奥へ差し込まれたものがゆっくりと引き抜かれる。 「どんなことがあっても目をそらすな、いいな?」  言い聞かせるように告げたあと、柳井は掴んでいた黒髪を軽く引っ張った。  頭をうしろに引っ張られたまま自分の姿を見つめていると、ぎりぎりまで引き抜かれたものが再び深々と差し込まれた。 「う……っ」  紗瑛は顔をしかめさせそうになったが耐えた。  怒張が奥へと入り込んだかと思ったら、激しく奥を穿たれ始めた。  あとからあとから押し寄せてくる快感に耐えきれず、紗瑛は声を漏らしながら喘いだ。  落ち着きを取り戻した体に再び熱が戻ってきた。それはやがて燃えさかる炎となって意識と思考を燃やし尽くしただけでなく、理性を焼き切った。もう鏡面の冷たさは感じない。 「見ろ、淫蕩な姿を。これがお前の本当の姿だ」  柳井は無情な言葉を掛けながら、掴んでいた黒髪を手綱のように引っ張った。  その痛みは、燃え尽きたはずの意識を蘇らせた。だが、鏡に映る淫らな自分の姿を見ても、絶頂の階を駆け上がっている最中だ。何も感じない。しかし、ふいに目をそらしたとき、紗瑛の黒い瞳が大きくなる。  紗瑛が見てしまったものそれは、鏡に映る柳井の姿だった。彼は険しい顔をしていたけれど、どういうわけかあのとき目にした姿と重なって見えた。 『今まで何をしても反応しなかった理由が分かってほっとしたけれど、同時にとてもつらかった』  そう言っていたとき、柳井は打ちひしがれたような表情を浮かべていたし、それが彼が抱き続けていた苦悩を暗に物語っていた。その姿と、今目にしている姿が重なって見えたのだ。だがそれからすぐ、激しく奥を穿たれながら再び陰梃をいじくられてしまい、紗瑛は絶頂の大波にさらわれ意識を失ったのだった。      既視感を覚えた痛みを感じ、紗瑛は意識を取り戻した。  瞼を開くと、目の前ではあのときと同じように乳嘴を摘ままれている。 「気がついたか」  すぐうしろから柳井の声がした。先ほどとは一変して、気遣うような声だった。柳井の声が聞こえたあと、馴染んだ肌の感触が背中から伝ってくる。  返事をしようにも、喉が痛くてできなかった。それでもどうにか声を出してみたけれど、すっかり掠れているうえに返事にもならない言葉を出すのが精一杯だった。 「これを取り外したら、水を飲ませてやる。待ってろ」  乳嘴(にゅうし)にはめ込まれた金環を取り外したあと、大きな手が紗瑛の頬を優しく撫でた。  ことが終わったあとの柳井は、憑き物が落ちたように優しくなる。いや、これが彼の本来の姿なのだ。そしてサディスティックな彼もまた本来の彼だ。  優しさと厳しさの間で揺れ続けた三年だった。だが、それもあと少しで終わる。そう思うと胸がいっぱいになった。紗瑛は頬を撫でる温かい手に頬をすり寄せる。すると、紗瑛を抱きかかえている柳井の表情が陰り、思い詰めたものに変わる。  先ほどまでの激しい交わりが嘘のように、部屋は静まりかえっていた。背中に柳井の体温を感じながらベッドに横たわっていると、何もないところに二人きりになったような気さえする。  叶うことならこのままでいたい。でも、柳井から求められるのは、彼が抱いている欲望を満たすことだけだ。それに、柳井には結婚相手がいる。  紗瑛は頬から伝うぬくもりを感じながら、窓の向こうに広がる夜景の明かりが差す部屋を眺めていた。  しばらくそうしていると、頬を撫でていた手がゆっくりと離れていった。まだ金環を取り外していない乳嘴に柳井の手が伸びて、根元にはめ込まれたものを取り外していく。 「今、常温の水を持ってくる。お前は少し休め」  二つのリングを取り外し終えたあと、柳井は紗瑛の体を支えながらベッドに倒した。背中を支えていた硬い体が離れていく。  紗瑛はベッドに体を横たえたあと、離れていく男の背中を目で追い始めた。窓から差し込む淡い光が照らす広い背中を眺めているうちに、目に涙が溜まっていった。  ドアが閉まる音とともに、静寂が部屋に広がった。遠ざかる足音を聞いているうちに、柳井から切り離されてしまったような気がしてつらかった。
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