《第二章》心決して

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《注意》 この回にはストーリー上欠かせないものとして、無理矢理行為を行おうとする描写がございます。 また、来週月曜更新の回も序盤はそういった描写が入りますので、苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。  ガーターベルトとストッキング、それに柳井によって嵌められたリングだけの姿になったあと、紗瑛は体を隠そうともせず、柳井と向き合った。視線の先にいる彼は、いつも通り悠然と椅子に腰掛けている。向けられている目は矢のように鋭く、足を踏ん張っていないと気押されてしまいそうだった。 「お前の姿をこうして眺めるのも、今夜が見納めか……」  感慨深そうに話している柳井の表情は真顔だった。  ついさっきまで射るように鋭かったまなざしは、少しばかり陰りを帯びている。向けられている表情と瞳が気に掛かり、紗瑛は覗うような目を柳井に向けた。  振り返ればこの数日、柳井は「らしくない行動」ばかりしていた。  連日にわたる逢瀬。突然のキス。これらは皆、今まで一度もなかったことだった。  連続して会えば、秘密の関係が露見しかねない。だから、週に一度と決めていたはずだった。それにキスだって、今までしたことがないのに、昨日は……。  背後から貫かれているとき、いきなり上体を起こされキスされた。  唇を重ね合わせるだけのものではなく、漏れる吐息さえ奪われてしまいそうなほど激しく深いものだった。  唾液が垂れ落ちるのも構わず舌を絡め取られ、始めの頃こそ驚いたものだが喜びを感じていた。  これらの出来事は、紗瑛に不安を抱かせたけれど、柳井が嵌めたリングや仕事に意識が向かってしまい、いつの間にか気にしなくなっていた。しかし今、柳井から向けられている表情と目を見れば、不審に思ったことが全て繋がっているような気がしてならず、紗瑛は注意深く彼の姿を見続けた。 「三年か……」  ぼそりとつぶやいてすぐ、柳井は椅子から立ち上がり、紗瑛の目の前に立った。彼女のほっそりとした頬に手を添える。 「時間と手間を掛けて躾けた女を手放したくはないが、仕方があるまい」  大きな手が頬を優しく撫でる。手のひらから伝うぬくみが、疑念を薄れさせていく。体からこわばりが抜けたそのときだった。  頬に添えられていた手が離れたと思ったら、肩を掴まれくるりと体を反転させられた。紗瑛は目を大きく見開き、柳井を振り返る。 「前を見ろ」  低い声で命じられ、紗瑛はゆっくり顔を戻した。  目の前には大きな何かが壁に掛けられていて、赤い布が被せられている。それが何であるか想像できず、紗瑛は困惑する。  背後から肩を掴まれたまま、赤い布が被せられたものを凝視していると、耳元で声がした。 「取り外して御覧」  低い声で囁かれた直後、前に進むよう促された。  嫌な予感がする。しかし、ここでは柳井の言葉は絶対だ。紗瑛はごくりと唾を飲み込み前に進み出た。  赤い布はとても柔らかかった。恐る恐る引いてみると、目の前には全裸の自分が移っている。そう、赤い布が被せられていたものは、紗瑛の全身が映し出せるくらい大きな鏡だったのだ。  紗瑛は、恥ずかしさから胸を両手で隠し顔をそらす。 「紗瑛」  名を呼ばれ、心臓が大きく脈打った。体がビクッと震える。 「隠すな。それに顔をそらすんじゃない。お前がお前の姿から目をそらしたら駄目だろう?」  柳井の前で全裸になることには多少慣れていたものの、改めてその姿を見ることは恥ずかしいものがある。知恵の実を食したイヴが、己が裸であったことに気づき、羞恥を覚えたのと同じに思えた。だが、柳井の言葉には逆らえない。  紗瑛は両の乳房を隠していた手を下ろし、恐々となりながら鏡に映る自分の姿を直視する。 「三年前よりも女の色気が出ているな」 「あ……っ!」  右腿に触れた温かいものが、腰に向かって上がっていく。肌を掠めた手のひらの感触に、紗瑛は声を漏らした。鏡を見ると、背後から伸びた大きな手が、腰のラインを撫でている。それに、一瞬ではあったけれど、切なげな表情を浮かべる女の顔を見えた。触れられて感じ入っている自分の顔だ。思わず目をそらそうとしたら、左腿に鋭い痛みが走った。聞き慣れた打擲音(ちょうちゃくおん)が耳に入る。 「い……っ!」  紗瑛は顔をしかめさせた。 「顔をそらすなと言ったはずだ」  柳井は短い(ケイン)で紗瑛の左腿を軽く叩きながら、真顔で告げた。  熱を帯びてしまったところを軽く叩かれるたび震えが走る。紗瑛が震えに耐えているのを気づいたのか、柳井が我が意を得たりといった表情をする。 「どうしても我慢ができなくなったら、いつでも連絡しろ」  紗瑛は目を見開き、怯えた表情を背後に向ける。 「お前がふつうの男で満足できるわけがない。三年掛けて、そうなるよう躾けたからな」  紗瑛は体を震わせながら、頭を横に振った。 「しません、絶対に……」  震える声で訴えたが、柳井は自信ありげに「そうか?」と言った。 「まあいい。お前のいやらしい体がどこまで我慢できるか見物だな」  腰のラインを撫でていた手が、紗瑛の右の乳房をぎゅっと鷲づかんだ。膨らみの根元から絞られるように掴まれたせいで、痛みが走る。紗瑛は顔を歪ませた。 「あ……っ!」  次の瞬間、また左腿に痛みが走り、紗瑛は体をのけぞらせた。 「声を出すなと言ったはずだ。お前は鏡に映る自分の体と顔を見ていろ。決して顔を背けるんじゃない。いいな?」  言い聞かせるように、柳井はじんじんと火照るところを杖で撫でながら、白い乳房を掴んだまま上下に揺さぶった。  紗瑛は今にも泣きそうな顔で、鏡に映る自分の姿を見た。背後にいる柳井の右手は乳房を掴んでいる。左手に握られている杖が、左腿を撫でていた。視線を挙げると、柳井と目が合った。彼は勝ち誇ったような顔で鏡越しに自分を見つめている。紗瑛は己の考えが甘かったことを思い知らされた。  柳井の言葉を振り返ると、彼自身が飽きるまで自分を手放すつもりはないらしい。先ほどは関係を解消することに同意していたはずなのに、舌の根も乾かぬうちにどうして言葉で縛ろうとするのだろう。紗瑛は、今度こそどうしたらいいのか分からなくなり、悲しげな目で柳井を見た。自分を見つめる瞳が、狡猾そうに細くなる。 「ここも」  柳井は掴んでいた乳房をやわやわと揉み始めた。 「そしてここも」  乳房を揉んでいた手が、金環が根元に嵌められている乳嘴(にゅうし)に伸びる。強い力で摘ままれるわけではなく、指の腹で転がされた。 「ああ……」  何をされるか分からないのに、体は勝手に快感を拾い上げる。弄られているうちに乳首だけでなく、乳房も張ってきた。 「俺ではない男に弄られて満足できるかな?」  耳に唇を押しつけられて、低い声で囁かれた。  満足するとかしないとか、そんなことなどどうでもいい。柳井以外の男とこんな行為に耽るつもりは毛頭ないし、それより以前に彼以外の男を欲しているわけじゃない。紗瑛はそれらの言葉をぐっと飲み込んだ。引き裂かれるような痛みが全身に走る。せり上がってくる本心を無理矢理押さえ込むと、涙がこぼれるものらしい。鏡に映る柳井の姿を、紗瑛は涙をこぼしながら見つめた。  ひどい言葉を掛けられてもなお、彼に対する思いは揺らぐことはなかった。しかし、掛けられる言葉が数千の針となって、心に突き刺さる。乳嘴を弄られ、そこから伝う淡い快感がその痛みをさらにひどくした。心がむき出しになってしまった今、些細な刺激でさえ責め苦と同じだけの痛みにしか感じない。  白い肌がうっすらと赤くなってきた。ほんのり色づいた肌が、しっとりとし始めるタイミングで、柳井は膨らみきった乳嘴から手を離した。 「最後の夜に処女を散らすことになるとはな……」  痛みに耐えながら荒い呼吸を繰り返していると、独り言のような言葉が耳に入った。嫌な予感がする。 「鏡に手を付いて、尻を突き出せ」  紗瑛は涙で潤んだ目を見開いた。体を離した柳井に顔を向けようとしたとき、背中をぐっと押されてしまい、とっさに鏡に手を突いた。  鏡の冷たさが手のひらから伝ったそのとき、腰をぐっとうしろに引っ張られた。嫌な予感が確信に変わる。 「いやっ!」  紗瑛は泣き叫んだ。しかし、柳井はやめる気がないようだった。  腰を片手でしっかり掴んだまま、ベルトを外し始める。性急に黒いスラックスを脱ぎ捨て、その下に履いていたボクサーパンツも脱ぎ捨てた。  すっかり反り返ったものを手で支え、突き出させている尻の割れ目を先端で上下になぞり始める。先端からしみ出したもののせいか、粘着質な水音が動きに合わせて立ち上がる。 「ああ……っ!」  尻のあわいに当てられたものが後孔にまで下りてきて、執拗なまでに弄りだす。 「足を開くんだ」  紗瑛は震える足を閉じた。 「バーを使ってほしいのか? それも一興だが、最後の夜くらい大人しくしろ」  スプレッダーバーを用いられるのは嫌だ。あれは、自尊心を木っ端微塵に打ち砕く。棒に固定されている枷を嵌めて脚の自由を奪う道具だけに、自分が柳井の玩具であることを思い知らされるから。紗瑛はきつく唇を噛みしめながら、渋々足を開いたのだった。
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