《第二章》心決して

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 柳井が用意した水を飲んだあと、いつもそうしているように部屋から出ていくつもりだった。しかし、水を持って部屋に戻った柳井に背後から抱きしめられたまま横たわっている。 『少し休んだら出る。だからそれまで一緒にいてほしい』  そう言われてしまい、断れなかったのだ。  振り返れば、柳井はいつもこの部屋で朝まで休むよう言ってくれた。  しかし長居はつらいだけだ。だから紗瑛は体に余韻が残っているうちに部屋から離れ、現実に戻っていたのだ。  すぐうしろから穏やかな寝息が聞こえてくる。腰に回された腕の重みや背中から伝うぬくもりが堪らなく愛おしい。そう思えるのはきっと、今夜が最期の夜だからだろう。紗瑛はそう思った。 「今、何時だ」  締め付けられるような胸の痛みに耐えながら窓の外を眺めていると、掠れた声が聞こえてきた。 「ここには時計がないので分かりません。でも、日付が変わった頃だと思います」  紗瑛が返事をすると「そうか」と柳井がつぶやいた。  腰に回された腕の力が強くなり、背後から抱きしめられた。柳井が深い息を吐く。すっかり鎮まった肌に熱い呼気が掛かる。 「どんな男なんだ?」 「え?」  唐突に尋ねられ、紗瑛は戸惑った。 「紗瑛が好きになった男だよ。優しいやつか?」  紗瑛は言葉を詰まらせた。  そんな相手などいないから、答えられなくて当たり前だ。  どうしてそんなことを聞いてきたのか分からないけれど、何も答えないわけにはいかない。全ては柳井との関係を解消するための嘘なのだから。 「とても、優しい人です」  頬を撫でた手の感触は、きっと忘れないだろう。 「それに一緒にいるだけで幸せな気分になります」  初めて言葉を交わしたときのことだって忘れない。  好きな人と抱き合えた喜びは、何にもかえがたい宝物だ。それがあれば大丈夫。そう思った直後のことだった。  それまで背後で寝ていた柳井がむくりと起きて、紗瑛の体を組み敷いた。彼女の両脚を肩に担ぎ上げる。  紗瑛は何が起きたのか分からず、顔をこわばらせたまま柳井を見上げた。逞しい肩に担がれた両脚はしっかり抱え込まれている。 「紗瑛」  真剣な目を紗瑛に向けながら、柳井は反り返ったものを秘所にあてがった。 「え?」  紗瑛はあてがわれたものの熱と堅さを感じ取り、柳井を凝視する。 「まだ、出していない」  冷酷な光を宿した目を向けながら、柳井は紗瑛の中に怒張を差し込んだ。  紗瑛は体を捩って逃げようとしたけれど、柳井が覆いかぶさってきたから逃げられない。すぐに抜き差しが始まった。のし掛かる男の息が弾んでくる。 「紗瑛。このまま中に出すぞ」  紗瑛は組み敷かれたまま目を大きくさせる。 「これでお前が妊娠すれば、俺のものだ。一生」  耳に押しつけられた唇から出た言葉は、衝撃的な言葉だった。     『避妊はしっかりする。あなたには必要以上の負担は掛けないことを誓うよ』  初めてこの部屋に来たとき、そう約束したはずだった。  そのほかにもいくつか約束したけれど、三年の間それらを違えたことは一度もなかった。それなのに、関係を解消するときになって、どうして一番大事な約束を破ろうとしているのだろう。紗瑛は柳井に貫かれながら、その問いを頭のなかで繰り返した。  何せ体を押さえ込むようにのし掛かられているだけでなく、きつく抱きしめられている状態だ。それに望まぬ直の交合は、紗瑛の心を頑なにさせた。  柳井はというと、紗瑛の体をきつく抱き、荒い息を吐きながら夢中になって抜き差しし続けている。逞しい背中から腰に続くラインが、吐き出す息と合わせて艶めかしく動いている。  望まぬ交合とはいえ、わずかに残っていた潤みが男の動きを滑らかなものにした。柳井が腰を穿つたび、ぶつかりあったところから粘着質な水音が立ち、部屋の空気を湿らせていく。しかし、紗瑛は冷静だった。  耳に押しつけられた唇が、息づかいに合わせて動く。体を押さえ込んでいる男の体がさらに熱くなり、噴き出した汗が擦れ合う皮膚を濡らしていった。体の奥に怒張を差し込まれるたびに、その動きに合わせて体が上下に揺れたけれど、何も感じなかっただけでなく、熱を奪われていくような気がした。  いつもなら、片恋をしている相手にこの場限りでも求められるのだ。喜びを感じながら抱かれていたが、今は違う。悲しかった。寒々としたものを感じながらじっとしていると、体をぴったり重ねていた男が体を起こした。もちろん、怒張は差し込まれたままになっている。  柳井は紗瑛の体の両脇に置いた両腕で体を支え、彼女を見下ろした。  ほどよく引き締まった体は汗みずくだ。髪は原形をとどめないほどすっかり乱れている。何が気に入らないのか、彼は険しい顔を紗瑛に向けた。  柳井の視線の先にいる紗瑛は、身じろぎ一つしないまま、天井に目を向けていた。だが、彼女の目には何も映っていない。窓から差し込むわずかな光に照らされた彼女の肢体は、闇の中に浮き上がっているように見えた。ふっくら盛り上がっている二つの乳房は、体温を感じさせないほど白かった。柳井は紗瑛の左胸に手を伸ばし、ふっくら膨らんでいる先端を容赦なく摘まみ上げた。 「う……っ!」  急に乳嘴から鋭い痛みが走り、紗瑛は顔をしかめさせた。 「紗瑛。わたしを見ろ。お前を抱いているわたしを」  柳井は命じるように言い放ちながら、乳嘴をつまみ上げる力を強くした。紗瑛は体をビクッと震わせたあと、目をぎゅっと閉じて頭を横に振る。 「わたしに逆らうのか?」  ぞくりとするほど冷たく低い声だった。柳井の視線を体で感じながら、紗瑛は瞼を固く閉じ耐えていた。 「絶対に声を漏らすなよ。どこまでお前が耐えられるか見せてもらう」  嫌な予感がした。紗瑛は大きく目を見開いて、柳井を見上げる。  次の瞬間、柳井は肩に担ぎ上げていた紗瑛の両脚を押し広げ、右手を彼女の股間に伸ばす。 「あぅ……っ!」  紗瑛の体がビクッと跳ね上がった。陰梃をぐりっと押し潰され、そこから痛みと鋭い快感が体を貫いた。 「ふぅ……っ」  柳井は、顔をしかめさせながら声を漏らした。陰梃を押しつぶした指を上にずらし、(さや)をめくり上げた。顔を覗かせた肉芽を左手の指でくりくりと転がしながら、腰を穿ち始める。  あらわにされた肉粒から、痺れるような快感が絶え間なく襲いかかり、柳井のものを締め付ける。紗瑛は声を漏らさぬよう、両手で口を塞いで耐えたが、耐えれば耐えるほど快感は体の中で密度を増していった。  やがて、紗瑛の体がビクビクとし始める。紗瑛は、迫る絶頂の兆しを拒むように頭を激しく横に振った。 「出すぞ、ここに」  左手で陰梃を苛みながら、空いた右手が紗瑛の下腹に伸びる。その奥では、切ない疼きを伴いながら溜まった快感が増幅していた。それを分かっているから、紗瑛は下腹に意識を向けないようにしていたのだが、柳井の右手が触れたところに意識が向かい、あっけないほど簡単に達してしまった。 「出すぞ……」  絶頂の締め付けに耐えきれなくなったのか、柳井が腰を激しく動かした。だが、どういうわけか柳井は体を勢いよく離し、濡れそぼった怒張を激しく扱き出した。柳井は苦悶の表情を浮かべ、紗瑛の平べったい腹を凝視している。それからすぐに、柳井は紗瑛の腹をめがけて白いものを迸らせた。  腹に生暖かいものが掛かった。それに気づいた紗瑛は、絶頂の余韻が残る体を起こす。自分の腹を見てみると、白いものが掛かっていた。それが何であるかなど愚問に等しい。そのまま目線を上げると、柳井が荒い息を吐きながら仁王立ちしていた。  視線に気づいたらしく、柳井と目が合った。その直後、険しかった顔が一変し、自嘲気味な笑みになる。それを見た瞬間、締め付けられるような痛みが胸に走った。  紗瑛の目の前で、柳井はベッドから離れた。均整の取れた体を見つめていると、彼は部屋のドアを開けてすぐ足を止めた。 「紗瑛。ここはお前にやる。三年付き合わせたせめてもの礼だ。明日にでも書類を作らせるから受け取ってくれ。売れば相当の金になるだろうから、どうするかはお前に任せる」  振り返ることなく言ったあと、柳井はドアを開き部屋から出て行った。
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