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庸治は遅くに帰宅した。
「悪い。飯大丈夫か? 慣れてなくて気が回らなかった。すまん」
いつも家に誰かいるなんてことはない。普段通り仕事をし、向井田が妻からの「いつ帰ってくるの?」というメッセージを受け取り、しぶしぶ退散したところで、庸治も残業できない理由を思い出した。その時には21時を回っていた。
署を後にし、帰宅すると、めぐるはキッチンで右往左往していた。
「お前は、まだ1人で料理するな」
「俺だって庸治さんのために何かしたいです」
むくれるめぐるを追い出し、庸治はスーツのまま料理に取り掛かった。捲り上げた袖から現れる太い腕にめぐるは喉を鳴らした。
「そんなに腹減ってんのか」
「え? い、いえ……」
「恥ずかしがんなって。肉でいいか? 明日夜勤なら昼の分まで作っとくか」
「……」
「めぐる?」
包丁を握った時に浮かび上がった血管。それに見とれていためぐるは数秒の怪しい間を空けてしまう。
「本当に大丈夫か?」
庸治が包丁を置く。ようやく我に返っためぐるだったが、燃えるように身体が熱い。頬に赤みがさし、いよいよ庸治の心配も頂点に達する。
「寝とけ。できたら呼んでやるから」
「ここにいたいです!」
「そんな体調悪そうな顔して何言ってやがる」
庸治はリビングに面する部屋にめぐるを引っ張り込んだ。「寝ろ」とめぐるの寝室の折りたたみベッドを指差す庸治の表情は本当に不安そうだ。さすがに自分に落ち度があると、めぐるは諦めてベッドに腰掛けた。
「寝てろよ」
庸治はドアを閉めてリビングへ戻った。一人になっためぐるはベッドの上であぐらをかき……
「抜こうか抜くまいか」
とんでもないことで悩んでいた。好きな男と同じ屋根の下で暮らす若い身体は限界だった。
「庸治さんに抱かれる……やばっ」
整った筋肉が妄想の中でめぐるに覆いかぶさる。熱を帯び、見た目とは逆に柔らかな胸筋に抱きしめられ、めぐるはうっとりしてしまう
──そんな妄想を20分も繰り広げていた。脳内で捗った分、めぐるの雄ははちきれんばかりに膨らんでいる。だが、見渡せばまだティッシュもない部屋。タイミングを間違えた。このままでは膨らんだまま庸治の前に行く羽目になる。深呼吸をして落ち着こうとしたその時だった。
コンコンとノック音が響く。
「俺だ。入っていいか?」
「はい!」
リビングの明かりが逆光になり庸治の表情は見えない。
「真っ暗な中で何やってんだ。眠れないのか?」
庸治はめぐるの横に腰掛けた。伝わる温もりが増えるにつれ、本能に蝕まれていく。
「何かあったのか? 仕事か? それとも火災のせいで眠れないのか?」
「フラッシュバックとかはないです。そもそも現場に居合わせたっていっても、俺はアパートの外にいたから」
庸治は膝に手をつき、ごつごつした指を絡ませ合い「そうか……それなら……」とめぐるを射抜くように見た。
「俺に言えないことでもあるのか?」
めぐるは、どきりとした。
「ありませんよ!」
「あるな。なんだ」
「ありませんって!」
好きな気持ちがもう知られてしまったのか。めぐるは焦った。
「そ、そんなことより! 準備いいですよね!」
めぐるは、自分に与えられた部屋を見渡す。まだここに来て2日しかたっていない部屋には折りたたみベッド。しかし、このベッドはめぐるがやってきた日にはそこにあった。
「ベッド、2つも持ってるなんて」
「たまたまだよ」
「……彼女さんのですか?」
「違う」
「前使っていたやつなのかなと思ったけど、新品っぽいし」
「……それより、休んでなくていいのか?」
「本当に大丈夫ですって。健康そのものですよ! 筋トレしましょうか?」
「飯、食ってからな」
めぐるが鼻をぐんぐん動かすと、いい匂いが鼻腔をくすぐった。
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