第三話 怪我の功名

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 二人が一緒に住み始めて数日が経った頃。めぐるが「夜勤なので、今日は帰りません」と伝えてきた。庸治は、その言葉で合鍵の必要性を思い出しショッピングモールに来ていた。  平日夕方のショッピングモールは、賑わっている。ショッピングモールの一角にある鍵屋で合鍵を作ると、食品のコーナーへ向かった。  休日の賑わいとは違い、夕飯の材料を買うために足早に買い物かごに材料を入れていく人ばかり。庸治は、何を作ろうかと行き交う人々の買い物かごの中をちらりと見て、めぐるの顔を思い出す。野菜コーナーへと足を運び、キャベツに手を伸ばしたところで、となりにいた人物とキャベツの上で手が重なってしまう。 「すみません」  手を引っ込めた女性。庸治も謝ったあと、別のキャベツを手に取り、女性の方……ではなく、女性の隣にいる男性に目をやる。そして、流れるように薬指に目がいく。そこには、銀色の指輪が光っていた。  夫と思われる男性は、庸治より少し若く見える。しばらくすると、女児が「パパ」と駆け寄り、庸治は、目を逸らした。  女性ではなく、男性に目がいき、既婚かどうか確認してしまうのは無意識だ。子どもも望めない。自分の恋愛対象が同性であると、こういうとき思い出してしまう。  買い物を終えた庸治は、河島消防署へ寄った。火事の調書関係だと言い、夜勤中のめぐるを呼び出すことに成功する。 「ないと不便だろ。開けっぱなしってわけにもいかないし」  まるで恋人から合鍵を受け取ったように、めぐるの表情は綻んだ。屈託ない笑顔に胸が少しだけ揺らぐ。 「じゃ、仕事がんばれよ」 「はい! ありがとうございます!」  自宅へ戻ると、キッチンの明かりだけを灯し、庸治は作り置きの作業に取りかかった。豆腐を焼くための油をひき、フライパンを温める。角切りにした豆腐を引くと、油が激しく跳ねる。 「あっつ!」  反射的に火を止め、激しく蓋を被せた。蓋がフライパンから滑り落ちそうになり慌てて抑える。 「慣れねえな……」  そうざいの素のパッケージの裏を見る。豆腐は水を切るよう書いてある。パッケージの写真は、角切りされた豆腐の上にタレと炒めたひき肉がかけられている。食材だけを集め、作り方の確認を怠った庸治は、「キッチンペーパー買わないとな」と蓋を恐る恐る開けた。混ざり切れない水と油の上の豆腐をひっくり返すとおいしそうな焼き色がついていた。 「これはこれでいいかもな」  もう一度、火にかけ、ひき肉を炒める。最後にそうざいの素を入れると、いい匂いが立ち上ってくる。味見をすると自分が作ったものとは思えない味がして、そうざいの素に感謝した。他にも数品作ってタッパに保存する。  翌日、冷蔵庫の中のタッパにおかずがあることを伝え、庸治は仕事へ向かった。
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