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めぐるは、夜勤を終えると、庸治の家へ向かった。もらった合鍵を出し、口角を上げる。出来上がったばかりの合鍵は、銀色に輝いている。鍵穴に鍵を差し込む感触も気持ちが良い。
扉をあけると静かな空間が広がっている。
スマホが震え、確認すると、既に始業しているはずの庸治からメッセージが来た。
「鍵をしめておくように……あっ、忘れていた」
ガチャリと鍵を閉める。キッチンへ戻り冷蔵庫を開けると、待ってましたといわんばかりにお腹が鳴った。
電子レンジでおかずを温めている間に白米をお茶碗によそう。作ってくれた庸治を思い出しながら「いただきます」と言うと、一気に頬張った。飲むように食べ、めぐるは詰まった胸を叩く。
満腹感と幸福感でお腹いっぱいになったあと、食器を洗う。布巾で拭いて棚に戻し、お風呂へ向かう。シャワーを浴び、風呂を掃除する。濡れた壁や鏡をタオルで綺麗に拭き上げると、スウェットに着替えて自分のベッドへダイブした。そのままあっという間に夢の中へ。
めぐるが起きると、すでに夕方になっていた。リビングへ行くと、いい匂いが充満していた空間は冷たくなっている。
「庸治さん。まだか……」
キッチンへ行って包丁を握ってみるが、元の場所に戻した。同時に、玄関から音がする。
「ただいま。めぐる、いるか?」
庸治の声だ。とても早い帰宅に、めぐるは留守番をしていた少年のように廊下に飛び出した。
「……」
「おかえりなさい、言ってくれないのか?」
「お、おかえりなさい」
「ただいま」
「早いですね」
「早くに仕事が片付いたからな。そっちは、変わりないか?」
「実は……」
「何かあったのか?」
「さっきまで寝てしまっていて……家のこと何もしていません」
「なんだ。そんなことか」
「庸治さんに甘えてばかりもいけないと思ったんですけど……あっ、でもお風呂掃除はしました!」
「それは助かる。晩御飯の前にシャワー浴びてきていいか?」
「はい!」
役に立つことができためぐるは、二カッと白い歯を見せて笑う。
柔らかな茶色い髪を撫でて、庸治は脱衣場へ。服を脱ぐ前に、スマホを取り出し、向井田に「今のところ異常なし。本人も変わりない」と連絡を送ると、服を脱ぎ去った。
庸治は浴室に一歩踏み入れると、浴室の空気がからりとしていることに気が付いた。
「……あいつ、掃除したって言ってたよな?」
乾ききった浴室は、水滴がなく、独特のひんやり感がなく快適だ。床に残った水滴は、多少の不快感を足の裏に与えるが、今日はそれもない。濡らすことを躊躇うくらい水気がない。シャワーを出すと、お湯が床で跳ねる。庸治は急いでシャワーを浴びると、リビングで待つめぐるに浴室のことを尋ねた。
「タオルで拭きあげたので。水滴残ってると壁とか鏡、水垢つくし、床は次に入ったとき、冷たい水が気持ち悪くないですか?」
「ああ。タオルであそこまでしたのか?」
「はい。俺、得意なんですよ。洗ったり、拭いたりするの。消防車をよく洗ってるからかな。拭くのが上手ってよく褒められます」
庸治は、めぐるの話に感心しながら、キッチンへいきコップを取り出し麦茶をつぐ。シンクもとてもきれいに片付いている。
「食器も片づけたのか?」
「はい。ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「そうざいの素使ってるからな」
「豆腐の焼き色とかとてもよかったですよ」
失敗を褒められ、庸治は、麦茶を飲みながら表情を隠した。片づけられたタッパもきれいに拭かれている。
「拭くこつとかあるのか? 俺がすると糸くずがつくんだよな」
「拭く方向や力加減に気をつけるくらいですかね。なんか嬉しいなあ。庸治さんよりできることが見つかって。これからは俺にさせてください」
「ああ、任せるよ」
すんなり任せてくれた庸治に、拍子抜けする。
「適材適所だ。頼んだぞ」
「それ、この前の火事のときも言ってましたね」
「……俺の中の教訓みたいなものだ」
庸治は麦茶をすべて飲み干すと、夕飯の支度にとりかかる。
夕食後、二人はお互いの勤務表を持ち寄る。
「夜勤の時は、今日みたいに作り置きしとくから勝手に食え」
「大変じゃないですか? 俺、自分で作りますよ」
「あぶなっかしいからだめだ」
「それなら買い食いします」
「そんな金があるなら、貯めろ」
「でも……」
「いいんだよ。ところで、明日は休みなんだな」
「はい。庸治さんもですか?」
「ああ。どっか行くか?」
「いいんですか?」
「ああ。いろいろ揃えにいかないと、火事で燃えただろ」
好きな人とでかけることができることになり、めぐるは心の中で飛び跳ねるほど喜んだ。なかなか寝付けず、庸治に何度も起こされる羽目になった
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