第四話 動き出す影

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第四話 動き出す影

 まだ半分眠っている状態で、めぐるはトーストにかじりついた。租借しながら目を開けると、目の前には、トーストにバターを塗る庸治がいる。相変わらず筋肉隆々な体。均整の取れた筋肉を凝視してしまう。休日の庸治はデニムパンツにグレーのモザイクチェック柄のVネックTシャツ。落ち着いた大人の雰囲気にさらにめぐるは見とれてしまう。 「……」 「眠いか?」 「だ、大丈夫です!」 「ジャムついてる」  人差し指が伸びてきて、めぐるの口元を拭う。その行動に、頬が日照り胸が弾む。 「食ったら出かけるぞ」 「はい。あっ、少し待っていてもらっていいですか?」 「どうした?」 「実は昨日、消防署に財布を忘れてしまって。取りにいってきます」 「デスクの上にか?」 「いえ。自分のロッカーです」 「それなら盗られる心配ないだろ。全部買ってやるから気にするな」 「そんなに甘えられません!」 「甘えてくれたほうが俺は嬉しい」  庸治は、コーヒーのカップに口をつける。立ち上ってくる芳醇な香りに目を閉じたが、あることに気づき、残りの食パンを頬張るめぐるを見た。 「昨日は車で帰ってきたのか?」 「はい! 庸治さんが契約してくれた駐車場に停めました」 「免許証は?」 「財布の中です、あっ!」 「免許不携帯じゃねーか。やっぱり消防署に寄るぞ」  食事を済ませると、庸治の運転する車で、河島消防署へ。来客用の駐車場で待っている間、庸治は消防署の建物を眺めていた。  3階建てのコンクリートの消防署は、河島警察署と似ている。一階部分は、救急車や消防車などの緊急車両が並んでいる。そのうちの一つ、水槽付消防ポンプ車は、水を2000リットル積載し、火を消火する車両だ。赤くツヤのある車両を、先日ピカピカにしたと、財布をとりに行く前のめぐるが自慢げに話してくれたのを思い出す。めぐるが自慢をする姿は、無邪気で、軽々しい話し方のわりに嫌な気持ちにはならない。庸治は、その様子をとても可愛らしいと思っている。身辺警護の対象でなければ、距離をぐっと縮めていただろう。 「何考えてんだ俺は……それにしても遅いな。財布が見つからないのか?」  職員駐車場に目をやると、車が数台停めてある。同僚や上司に捕まっているのかもしれないと、何でもないことを考えていた庸治だったが眉を顰めた。 視線の先には、車と車の間でこそこそしている人影。穏やかだった瞳が鋭く光ったところで、車のドアが開いた。 「お待たせしてすみませんでした!」 「遅かったな。大丈夫か?」  人影は、ちょうどめぐるのうしろ。庸治は、めぐるのゴミ一つない髪に手を伸ばす。 「ゴミついてるぞ」 「え?」 「後ろだ。ちょっと見せろ」  身を乗り出し、髪を優しくなでながら人影を確認する。ジーンズにパーカーというラフな出で立ちで、性別は男。消防署にも車にも用があるように見えない。 「ゴミとれました?」 「いや、気のせいだ。悪かったな」 「……もしかして髪型変でしたか?」 「そういえば、朝と髪型違うな」 「こっちのほうがいいかなと思って」  めぐるが遅かった理由が分かり、「ただの買い物だろ」と微笑む庸治だったが、心の中では、今日が無事に終わるか不安になっていた。  署を出るとすぐに信号にひっかかる。バックミラーを確認すると、シルバーの軽自動車に署から出てきた。 「買い物楽しみです」 「何買うか決めとけよ」 「はい! あっ、庸治さんそこ違います」 「この道が近道なんだよ」 「すごく狭いですね。地元民しか知らない抜け道って感じです」  もう一度バックミラーを確認すると、あの軽自動車がついてきていた。車のナンバーの地名は、県外だ。ナンバーを暗記し、赤信号で停車したときに、向井田にメッセージを入れた。
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