第四話 動き出す影

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 何度か裏道を抜けると、軽自動車は追いかけてこなくなった。杞憂に終わったかと胸を撫でおろしたが、向井田から「盗難車です」と連絡が来て、庸治は、消防署にいた男の件を追加で送信した。  がらりとした駐車場を足早に去り、人気の多いショッピングモール内に入る。行先はめぐるに任せ、警戒を強めた。 「庸治さん、あそこ行っていいですか?」 「ああ」  若者向けの店舗に消えていくめぐるを確認しながら、スマホをチェックする。 通知は何もなかった。顔を上げると、めぐるがパーカーと丸首のシャツを持っていた。 「これなんてどうですか?」 「いいんじゃないか?」 「適当にいってませんか」 「こういうのは自分の好みで決めるもんじゃないのか?」 「俺は庸治さんに決めてほしいです。せっかく一緒にきてるんだし。率直にお願いします!」  庸治は、めぐるをじっと観察する。顔の骨格が浮き出ていない顔は幼さと男らしさが混ざっている。 「そうだな……お前は顔がフレッシュタイプだからパーカーのほうがいいと思う」 「フレッシュタイプってなんですか?」 「爽やかさのある塩顔だ。親しみやすい印象があるからいいと思うぞ。歳のわりに若く見えるし」 「なんかそれ嬉しいですね」 「まあ、子どもっぽいって見方もあるけどな」 「えー」 「合っていると思うぞ」  むくれる26歳の頬を摘まみ、怯んだ手から服を奪う。 「自分で買います!」 「いいから」 「だめです!」 「俺が決めたんだから俺に買わせろ」  庸治は有無を言わさずパーカーを持っていこうとしたが、鏡に人影が映り込み足が止まる。 「めぐる、そこに立て」 「ここですか?」 「一応、サイズ合わせておこう。筋トレばっかしてると、肩が合わなかったりするだろ」  庸治はめぐるの背中にパーカーを合わせサイズを確認するふりをした。視線は鏡に釘付け。やはり、あの男が店の外のベンチに腰をかけている。 「よし。問題ないな。買ってくるから近くで待ってろ。迷子になられたら困るから俺の見えるところにいろよ」 「もお、そこまで子ども扱いしないでくださいよ」  買い物を終えると、周りを警戒しながら店を出る。それに合わせて男も立ち上がった。ショッピングモールをでることも頭を過ったが、再び尾行され家が知られる可能性もある。庸治は、一人で巻くことに限界を感じた。 「ちょっといいか?」  庸治はめぐるの肩を抱いて、カフェに入る。 「少し休憩しよう」  めぐるを見ると顔が赤い。 「悪い。早く歩きすぎたか?」 「……い、いえ」  俯いてしまっためぐるが注文して席につくのを確認し、庸治は「トイレにいってくる」と席を外した。  めぐるの見える位置の人気のない壁際でスマホを取り出し刑事課へ電話をかけた。めぐるは、注文したカフェラテに口をつけている。店の外では、相変わらずあの男がうろついている。  電話には、刑事課長の沢田が出た。 「達川です。実は今──」  庸治は、現在追っている被疑者がめぐるを尾行していることを伝えた。めぐるが庸治と寝食をともにしていることを知っている沢田はまず「お前と一緒でよかった」と安堵の声を漏らす。 「指示をお願いします」 『そのまま、ショッピングモールをうろついてくれ。こっちから何人か行かせる』 「俺はどうすれば?」 『平嶋の安全を確保しろ。俺たちが見張っている間にその場から離れろ』 「分かりました」  めぐるの元へ戻ると、まだ顔に赤みがさしている。 「あ、あの! 一つ聞いていいですか?」 「どうした急にかしこまって」 「……庸治さんって……彼女いるんですか?」 「いない。それだけか?」 「はい」 「急にどうした」 「いつも優しいし、しっかりしているし、今日の買い物もなんていうか……男の俺でもドキドキして」 「そんな場面あったか?」 「ありましたよ! 服を選んでくれる時も的確だったし、カフェに入る時も……」  めぐるは、また顔を真っ赤にして俯いてしまった。 「服や顔のことは、職業柄だろ。いろんなやつに合うからな」 「でも、とても嬉しかったです」 「そうか? センスには自信がないし、選ばせといて、違う方を買うってこともあるから黙っとくのが鉄則だと思っていた」 「前の彼女さんですか?」 「同僚の嫁さん。俺は女の扱いは得意じゃないし、仕事が忙しくてそういうのも縁があまりない」 「欲しいとかは思わないんですか?」 「いい人がいれば、付き合うんじゃないか」 「そっか……」  めぐるはカフェラテを全て飲み干し、真っ赤になった頬をぱちんと叩いている。  それから少しして、庸治の知ってる顔ぶれがカフェの前に現れ、男を見張り始めた。異様な雰囲気を察してか、男はその場を離れる。 「めぐる、他のところに行っていいか?」 「他の店ですか?」 「ショッピングモールから出たい。俺も買いたいものがあるから」 「大丈夫ですよ。行きましょうか」  短い滞在を終え、庸治はその場をあとにした。  帰宅後、沢田から電話が入る。 『しばらく尾行したんだが、取り逃がした』 「こっちは以上ありません」 『お前の家とは、逆方向に行くよう誘導したからな』 「それで、やっぱり被疑者でしたか?」 『ああ。遠藤で間違いない。そっちはどうだ? 例の消防士は何か事件のこと思い出しそうか?』 「そういう感じではなさそうです。必要なら聞きますが」 『やめておこう。変に警戒されてお前の元を去られると警護が大変になる』 「分かりました」 『とにかく遠藤が平嶋を狙っているのは確実だ。警戒を強めておこう。ありがとうな休日に』  刑事課長に丁寧にお礼を言われ、庸治は電話を切った。マンションの踊り場から下を確認するが男の気配は全くない。河島ではない地域に住んでいるおかげで、放火魔の遠藤がここを見つけるのは簡単ではない。  部屋に戻ると、めぐるが今日買った服を嬉しそうに試着していた。 「どうですか?」 「似合ってる」 「明日、これを着ていこうかな」 「明日、どこかにいくのか?」 「お墓参りに行ってきます。両親の命日なんですよ」 「連れて行こうか?」 「仕事ですよね? それにお墓参りは独りがいいです」 「……そうだな。出過ぎた真似をした」 「庸治さんの優しさだけ受け取っておきます! あっ、庸治さんのことも両親に話さないと!」 「何を言う気だ」 「優しくて頼りになる人に助けてもらいましたって!」 「そうか。よろしく伝えておいてくれ」 「はい!」  まるで両親が生きているかのように話すめぐる。めぐるにとって墓参りは、一方的だが両親に近況を伝える大事なものだった。  しかし、墓参りの当日、めぐるのスマホが虚しく鳴り響く。 「火災です。行ってきます」  一瞬、寂し気な表情をしたが、すぐに仕事の顔に切り替わる。普段のにこやかな青年の姿はない。庸治には目もくれず、身支度を整えると飛び出すように家を出た。  めぐるは、それから半日後に帰宅した。ソファーに沈む彼はようやく墓参りに行けなかった悔しさを滲ませた。庸治は、「お疲れさん」と麦茶をついだコップを差し出す。 「次の休みにでも行ってこい」 「そうですね。それに、今年も菊の人が来てくれてるかもしれないし」 「菊の人?」 「俺が勝手につけた名前なんです。毎年、両親のお墓に菊を供えてくれている人がいるんですよ。親戚はいないから住職さんだと思うんですけど。まっ、そのうち行くから大丈夫です」 「そうか」  数日後、めぐるは、ようやく墓参りにいくことができた。
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