第五話 燃え上がる過去と恋心

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 また同じ夢を見る。二階建ての戸建ての自室のベッドに寝転がり漫画を読むところから始まる。下のリビングからは、母と父の話声がする。いつまでも仲の良い夫婦に、思春期を迎えためぐるは、少しわずらわしさを感じていた。今日も母が自分の名を呼ぶまではリビングに行かず自室で好きに過ごすと決めていた。  いつもの日常だった。 「めぐるー! もうすぐご飯よ!」  名前を呼ばれ、返事もせずに部屋を出る。 「返事くらいしてよ」 「ん」  母はキッチンに立ち、父は読書をしている。父親の読んでいる本はレシピ本だった。 「母さん、これこれ」  嬉しそうに開いた魚料理のページを父は母に見せる。母は「おいしそうね。今度作ってみようかしら。のどぐろ買いにいかなくちゃ」と微笑む。 「めぐるも、料理してみる?」 「いや、いい」 「米くらいとげるようになれよ」 「それくらい調理実習でしたよ」  他愛もない会話なのにイライラしてしまう。イライラして、この空間にいることすら億劫で、今すぐ出ていきたかった。  机の上には、まだ夕飯は並んでいない。 「ご飯、まだみたいだから、また呼んで」  めぐるは、もう一度自室へと戻った。  そして、思春期の何気ない日常はここで終わる。  家が揺れるほどの激しい爆発音。一瞬、地震かと思ったが、数秒後には、二階なのに窓の外が真っ赤になっていた。窓ガラスが割れ、黒い煙が入ってくる。  廊下に出ると、そこはすでに火の海だった。 「父さん、母さん!」  めぐるは、疎ましく思っていたはずの二人のもとへ向かおうとするが、火が行く手を阻む。 「ごほっ」  二人を呼んだときに煙を大量に吸い込み、咳き込んだ。だんだんと意識が遠のく。  倒れためぐるに声がする。 「大丈夫か!」 「泉田さん……」  当時のめぐるには、これが泉田だと分かるはずはない。しかし、夢の中のめぐるは、これが誰なのかはっきりわかっている。そして、ここで、これが夢であると気づくのだ。泉田がめぐるを抱え、燃えているリビングを横切ることも。その時、リビングの本棚に挟まりめぐるの名を呼ぶ父と母がいることも。めぐるには分かっている。二度と見たくない光景を覚悟し、めぐるは泉田に背をわれる。  父親と母親の声がする。「めぐる」「生きろ」「死ぬな」そして「その子をお願いします」と母の声がする。  体が熱くなる。耳を塞いでも声が聞こえる。救助されているのに、まだ助けてほしいという思いが強くなる。 「助けて、助けて……庸治さん……」 「めぐる!」  父親でない男の声がして。めぐるは目を開けた。そして夢からも覚めた。  目の前には冷えたタオルを持った庸治がいた。太い指が優しく何度目かの流れた涙を拭いてくれる。 「ごめんなさい、また夢を──」  庸治は何も言わず、頭を撫で、「大丈夫だ」と言ってくれる。 「ご飯……」 「食うか? おかゆにしよう」 「お米、俺がといでいいですか?」 「病人は休め」 「俺だって……俺だって、もう米くらい……」  涙がぼろぼろと溢れてくる。奪われた日常。自分だけ進む時間。料理ができなければあの日のままだと、めぐるは思っていた。 「庸治さんとなら、ご飯作れるかもしれない」  何も知らない庸治は、めぐるの言葉に「そうか」とだけ答えた。 「おかずは、のどぐろの姿蒸しがいいです」  あまり聞かないメニューに、庸治は小さくうなずいた。 「買いに行こうか。今すぐに」  また、めぐるの頬に涙が伝った。 「はい。今が、いいです」  めぐるの体調を気遣いながら、庸治は一緒に買い物に出かけてくれた。すでに日は傾き始めていた。  買い物を終えて帰宅すると、めぐるはざるに米を入れた。ざるを抑える左手は火傷で包帯を巻いている。 「上手くできるかな」 「抑えてやる」  庸治が後ろから手を伸ばし、ざるを抑える。うしろから抱きしめられているような形になり、めぐるは手が止まってしまった。 「やっぱり俺がしようか?」 「ちょっと、ぼーっとしていただけです!」 「……めぐる」 「はい?」 「無理するなよ」  振り向くと、唇が触れそうな距離に庸治がいる。めぐるを見つめる瞳は黒く、吸い込まれそうだった。 「ずるいです」 「何が?」 「この前も言ったけど、絶対彼女いるでしょ」 「いねーよ」 「俺なら惚れる」  もう惚れている。めぐるは、「絶対、惚れる」と言いながら米を乱暴にざくざくとといだ。右手に庸治の右手が重なり指導が入る。 「俺はやめとけ。後悔するぞ」 「後悔する要素が見つからないんですけど」 「いくつでもある。めぐるはいいのか。いい歳だろ」 「俺はいいんですよ。それに付き合ったこととか一度もないし」 「嘘だろ」 「嘘じゃないですよ。俺、理想が高いんで」 「美人でスタイルのいい女か」 「いや、筋肉のある男が……」  そこまで言いかけて、二人の手が同時に止まる。自分の恋愛対象と性癖がばれたと、めぐるは顔から火が吹き出そうになった。  止まったキッチンの時間を動かしたのは庸治だった。重ねていた手が動き出す。 「そういう人と出会う場所もあるだろ」 「へ? あ、あー、えーと……そういうところ行くの怖くて」 「なるほど」 「あ、あの庸治さん……嫌じゃないんですか?」 「何が?」 「だって俺……男が好きなんですよ」  庸治は、何かを言いかけて口を開けたが、間が空いて、ひとこと「珍しいことじゃないだろ」とだけ言った。 「そうじゃなくて。そんなやつを家において怖くないんですか? 襲うかもしれませんよ」 「病み上がりで、無茶すんじゃねえよ」  めぐるは、自分の下半身がどんどん膨らむのを感じる。完璧に否定してこない庸治に、微かな期待を持ち始めた。
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