第五話 燃え上がる過去と恋心

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 めぐるは、一人になったリビングのソファーで体を丸めていた。 「やってしまった……」  たった二日でとんでもない醜態を晒した。墓参りにあと寂しくなった心を癒すために庸治のベッドで寝てしまった。その後、消防士なのに火が引火し、格好の悪い姿を見られた。またうなされた挙句、筋肉好きのゲイであること、庸治を好きなことを本人に伝えてしまった。 「しかも、振られた」  明るく振舞っていた分の疲れと虚しさが押し寄せ、涙が溢れかける。 「庸治さん、本当に気にしていない感じだったし。大人の余裕ありすぎ。昨日襲ったとしても、返り討ちにあってたんだろな」  自分が確保された犯人のように庸治の力に屈するのを想像し、頬が熱くなる。 「あの体にやられるなら文句ないかも」  不埒な妄想が始まりそうな頭を勢いよくふり、仕事に行けないなら、せめて自分の得意な水回りの掃除をと、めぐるは勢いよく立ち上がる。  それと同時に閉めたはずの鍵が開く音が響く。 「まさか……」  遠藤かと、めぐるは、息を飲んだ。キッチンへ走り、包丁を手にする。廊下から死角になる冷蔵庫の前に身をかがめる。  玄関のドアが開き、足音が近づいてくる。めぐるは、深く息を吸い込むと、包丁を構えて、冷蔵庫の陰から躍り出た。  しかし、呆気なく包丁を持っていた手首は捻り上げられ、廊下に押し倒される。 「何してんだめぐる!」  ちかちかする視界には、少し前に出勤した庸治がいた。 「あれ? 庸治さんだ」  ぐっと首を延ばし、顔を確認する。庸治の顔が少し朱色に染まった気がした。 「顔が近いぞ。それと、人に包丁を向けるな。あと、包丁持ったまま廊下を走るな」 「違います! 遠藤が来たのかと思って!」  その言葉で、庸治の顔が強張る。 「すぐ近くにいると連絡が来た。逃げるぞ」 「今からですか?」 「今逃げないと、このマンションごと燃やされかねない」  最低限の荷物だけ持って、一緒にマンションを出る。めぐるの前を歩く庸治の背中はいつもより大きく見え、周囲を確認する横顔に釘付けになる。  車に乗り込むと、庸治は急いで発進させた。 「どこに行くんですか?」 「とりあえず高速に乗る。つけられてるか一目瞭然だからな」 「警察署とかには行かなくていいんですか?」 「遠藤が一人で動いているとは限らない。警察署が見張られている可能性もある。それと、俺の家に置いているめぐるの車は、明日、他の私服警察官が、適当な場所に移す」 「車の鍵、家に置いてきちゃいました」  庸治がポケットからめぐるの鍵を出す。そして、車をコンビニに滑り込ませた。 「一緒に降りるぞ」  一緒に入ったコンビニの飲み物のコーナーへ庸治は迷いなく進む。先に棚を物色していた男性にめぐるの車の鍵を託す姿は、ドラマの一部のようだ。 「さて、行くか」 「どこに行くんですか?」  高速道路の入り口を越え、庸治は車の速度を上げる。 「なるべく人気が多くて安全なところだな」 「仕事は行かなくて大丈夫なんですか?」 「……これが仕事だ」 「そうでした」  めぐるは、高鳴っている胸を押さえた。 「また買い物行きたいな」 「遠藤が逮捕されたら、また行こう」 「いいんですか?」  少しだけ、車のスピードが速くなる。 「……ああ」 「嬉しいです」 「……」  沈黙が酷く恐ろしい。昨日のことを懺悔したい気持ちになる。めぐるは、どうにか空気を和ませる話題をひねり出した。 「……あの、おにぎりで好きな具材は、何ですか?」 「どうした急に」 「おにぎりなら俺でも作れるかなって。包丁使わないし。ちなみに俺は、ツナマヨが好きです」 「俺は梅干しかな」 「汗かいた後に食べるとおいしいですよね! ジムのあとに食べてみようかな」 「いいんじゃないか」 「そういえば、今日の作り置き何だったんですか?」 「野菜炒め」 「俺の苦手なやつ。でも、夜には食べれますかね」 「今夜は帰らない。どこかホテルに泊まるつもりだ」 「ホテルですか?」 「変な意味じゃないぞ。防犯的な意味だ」  また車のスピードが上がる。 「分かってます! 別の話しましょう! えーと……庸治さんっていつから鍛えてるんですか?」  興味本位で聞いた質問だったが、自分が筋肉好きだといったことを思い出し、めぐるは「やっぱりいいです」と撤回した。 「すみません。上手く話せなくて」 「ありがとう。ちゃんと伝わってるから、大丈夫だ」  その後、尾行がないと判断した庸治が、高速を降りる。めぐるの知らない街並みが窓の向こうに広がっていた。 「悪い。電話だ」   庸治のスマホが鳴り、めぐるは指遊びをしながら電話が終るのを待つ。 「県境まできました。今日は、このあたりに泊まります。ホテルは、向井田が取ってくれたみたいです」  電話が終ると、再び車が動き出し、ビジネスホテルについた。受付を済ませた庸治が、困った顔でめぐるに近づく。 「部屋、一緒なんだけどいいか?」 「……庸治さんは、いいんですか?」 「同僚が一部屋しか取ってなかったから仕方ねえだろ。それにその方が警護しやすい」  めぐるは、庸治が自分に言い聞かせているように聞こえた。  部屋には、ベッドが二つ。めぐるが、外のみようと窓に近づくと、後ろから伸びてきた庸治の手がカーテンを閉める。 「カーテン、開けるなよ。勝手に部屋から出るのも禁止だ」 「監禁みたい」 「警護の仕事だ」  カーテンと庸治に挟まれ、めぐるは心臓を高鳴らせる。仕事と言われようと、ベッドがあるだけの部屋に好きな男と一緒にいることに違いはない。気づかぬ間に真っ赤になった耳に熱い吐息がかかる。 「めぐる」 「ッ!」 「別々の部屋にしよう」 「え?」 「間違いが起こってからじゃ遅い」  背中から離れていく熱。めぐるは、勢い余って庸治の腰に抱き着いた。 「大丈夫ですッ! 俺、何もしません!」 「俺が大丈夫じゃなんだよ」 「やっぱり、気持ち悪いですか?」  めぐるは、庸治に抱き着いていた腕を、力なく落とす。 「違う」 「それなら、どうして」 「……」 「庸治さん、嘘つかないから、黙られるととても不安になります。俺が傷つかない答え探してるんじゃないかって」 「それは否定しない」 「傷ついてもいいです。だから、はっきりと言ってください。気持ち悪いなら気持ち悪いって」 「気持ち悪いとは思っていない。本当に」 「俺が庸治さんを襲うと思ってる」 「思っていない」 「思っていないなら部屋を分ける必要ないじゃないですか」  庸治は、観念したかのように息を吐く。 「……俺が……俺が、めぐるを襲う可能性もあるだろう」 「へ? まさか、庸治さんも遠藤の仲間なんですか!?」  めぐるは、後ずさって壁に背中を打ち付けた。よろけて傾いた体を庸治に支えられる。そのままふわりと浮き、柔らかなベッドの上に押し倒される。目の前には庸治の険しい顔。翻ったスーツの下に、肩から下がった拳銃ホルダーが見え、めぐるは、全身に鳥肌が立つ。庸治を退けようともがいても、手首を掴まれ、頭上で固定される。下半身は股がられているせいでびくともしない。 「俺から逃げられるか?」  怖くて声が出ず、震えながら首を横に振る。 「鍛え方がたりないな。今度、鍛えてやる」  険しく細くなっていた目が、スッといつもの優しい男の形に戻っていく。同時に、拘束されていた手や下半身も解放された。 「殺すんじゃないんですか?」 「……お前、いつも肝心なところで外すな。そっちの「襲う」じゃない」 「?」 「……俺も男が好きなんだ」  庸治の告白に、今度はめぐるが目を見開く。 「だけどな、俺はやめとけ。後悔するぞ。やっぱり嫌でしたってなったときに、俺が本気になって襲ってたらどうする。逃げられなかっただろさっき」 「そんなこと絶対に思いません! それに……」  めぐるは、庸治に抱き着いた。激しい鼓動が鼓膜に伝わる。 「庸治さんがいいです。庸治さんに抱かれたい」 「……離れろ。まじで理性がぶっとぶ。仕事中なんだ、俺は」  庸治がぐっとめぐるを引きはがす。 「仕事の電話がしたい。別の事件の話もあるから、できれば守秘義務の観点から風呂にでも入ってくれないか? その間に済ませる」 「分かりました」  めぐるは、期待してはいけないと頭の中で唱える。それなのに、体を念入りに二回も洗った。
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