第五話 燃え上がる過去と恋心

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 会議室は、40名程度の捜査員で埋め尽くされていた。一段高い所に、沢田。めぐるは、後ろのほうで、待機するよう言い渡された。長机の一角に座ると、後ろから声をかけられる。 「お疲れさん」 「泉田副署長!」  そこには戸塚消防署の副署長で、めぐるの恩人がいた。 「どうしてここに?」 「今回の事件の捜査に消防署が保有する資料を提出することになってな。まさか、あの時の放火魔がまだ捕まっていなかったとは」 「泉田副所長もご存じですよね?」 「ああ。13年前の火災の消火に向かったからな。犯人はまだ捕まっていない未解決事件でしばらく警察が何度も署に来た。それより俺が知ってるってよくわかったな」 「え? だって、この事件の時、俺は泉田さんに助けてもらったんですよ?」 「俺がお前を助けたっていう火災が13年前のこの放火事件なのか? 悪いな13年前に見たきり、目を通してないんだ」  泉田は消防署から持ってきた茶封筒から慌てて資料を出して目を通した。そして、小さく「すまん」と言って目を伏せた。 「薄情だと思われるが、救助した全員の顔を覚えているわけじゃないんだ」 「それは仕方のないことですよ。それだけ多くの人を助けてきたってことじゃないですか」 「平嶋のことも、はっきりとは覚えていない」 「それは、消防学校のときにも聞きました。気にしてません」 「けど、この放火事件のことは覚えている。それで思い出したんだ。確かに俺は、お前を保護した」 「保護? 救助じゃなくて」 「ああ。この火災は、爆発的な燃え方をして、消防が到着したときには、炎が家屋の全てを覆っていた」  泉田は、現場の光景を思い出し、両手で顔を覆った。 「水鉄砲で消火しているようなものだった。燃え尽きるのを待つしかないとすら思った。救助なんてもってのほかだった。けど、俺が到着してすぐ炎の中から男が出てきた」  泉田は、めぐるを見ながら「お前を背負ってな」と真実を伝える。めぐるは、呆然とした。 「でも、俺の記憶では泉田副署長が」 「保護したのは俺だから記憶が混在したんだろ。その人が、俺に平嶋を預けた。その後、両親を助けに行こうとしていたが……」  泉田は、轟音を立てながら倒壊していく家を思い出し遠い目をする。 「とにかく、救助したのは俺じゃない」 「その人は、そのあとどこに?」 「さあな」 「探さなかったんですか?」 「探したさ。いや、探す必要なんてなかった。一目瞭然だったからな。警察官の格好をしていた」  めぐるの脳裏を逞しい後ろ姿が掠める。 「近くの交番勤務のお巡りさんだった」 「刑事さんじゃないんですね」 「刑事が良かったのか?」 「いえ、こっちの話です。泉田さんは、その方にお会いしたんですか?」 「あったよ。事件から二か月後にな」 「結構空いたんですね」 「謹慎に入っていたからな」 「泉田さんがですか?」 「そのお巡りさんさんがだよ。なんでも、放火犯捕まえずにお前の救助を優先したからだと」 「そんな理不尽なことってあるんですか?」 「俺も思ったよ。だから、そいつにあったときに「納得がいかないだろ」って言ったんだ。そしたら──」 ──これからは「適材適所」で職務に臨みます 「って言ってたな。上にかなり怒られたみたいだった。平嶋?」 「……」 「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」  めぐるは、広い会場を見渡す。日ごろから鍛えている刑事たちの中に、ひときわ目を引く背中がある。惚れた筋肉質な背中が憧れから過去の記憶につながっていく。また耳の奥で、炎の爆ぜる音がする。 「俺、ちょっと行ってきます」 「どこに? それにもう会議始まるぞ」  泉田に促され、めぐるは上げた腰を下ろす。 めぐるをおとりにすることが伝えられ、全員の視線が自分に注がれても、めぐるは庸治から目を離せない。庸治の背中はぴくりとも動かない。  沢田の喝が入り、捜査員は一斉に解散した。数名の刑事がめぐるの身辺警護係として紹介される。その中に庸治はいない。  人ごみをかき分けて腕を伸ばし、庸治のスーツの裾を掴んだ。 「庸治さん! 庸治さんの隠しごとってッ!」  庸治は、切羽詰まっためぐるの表情を見て、全てを悟った顔を見せた。 「悪かった。お前の両親を助けられなくて」  苦しそうにゆがんだ顔をした庸治は、めぐるの手からすり抜けていった。
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