第五話 燃え上がる過去と恋心

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 めぐるを振り払い会議室を出た庸治は、沢田ともに早歩きで留置場へ向かっていた。留置されている女性を取り調べるためだ。  取調室の椅子には庸治が座り、沢田は後ろでその様子を眺めている。人差し指でデスクをトントンと叩く。指先が赤くなり、見かねた沢田が後ろから声をかけてくる。 「落ち着け」 「分かっています」  扉が開く。警察官に連れてこられた女は、捕まっているにも関わらず顔色が言い。化粧をしていない顔には薄っすら皺が滲んでいる。 「青森 恵子で間違いないか?」 「はい」  返事をする声は、溌溂としていて、椅子に腰かける姿も躊躇いがない。  この青森恵子こそ、13年前、めぐるの父親に横領を告発された女性だ。募った恨みを晴らすべく、遠藤に殺害を依頼した張本人だ。  庸治は、一度強く拳を握り、心を落ち着かせる。 「この前の若い刑事さんはどこですか?」  向井田のことだ。 「今日は俺だ」 「達川さんでしたっけ?」 「よく覚えているな」 「覚えていますよ。だって、私の家の玄関のドアを壊したじゃないですか。その後も、何度か取り調べ受けましたし。あまりにも威圧的だったので覚えています」  青森は、にこっと庸治を挑発するように微笑む。庸治は、その笑みをかわし、青森の方へ少し身を乗り出した。 「遠藤はどこにいる」 「また、それですか。知りませんよ。だって依頼は基本電話ですから。それより、平嶋課長の息子、めぐる君はどうなりましたか? もう死にました?」  取調室にパイプ椅子が倒れる激しい音が響く。青森は、一瞬顔を強張らせた。  椅子を倒すほど激動に任せて立ち上がった庸治は、沢田に「達川!」と窘められる。 「死んだのね。いい気味だわ。遠藤が13年目にしくじって息子一人を殺し損ねた時はどうしてやろうかと思ったけど、これで私も気持ち晴れやかに刑務所に行ける」  青森は、めぐるが遠藤の手にかかって死んだと勘違いし、高らかに笑った。 「平嶋課長も、黙ってればよかったのにね。正義感を振りかざすから死ぬ羽目になるのよ。ねえ刑事さん、私がどうして家族全員殺せって依頼したか知りたいでしょ?」 「遠藤の提案だろ」 「違うわ。平嶋課長が死ねば、家族は悲しむけど、保険金がおりるでしょ。それが心底腹がたつと思ったのよ。世の中、お金なのよ刑事さん。多額の保険金が家族にはおりる、父親を失った悲しみは時間とともに消えていく。最後に奥さんと息子の手元に残るのはなに?」 「保険金か」 「そう。腹立つじゃない。それならすべて奪いたいのよ」  金に固執する女の異常な考えを、庸治は唇を噛みしめながら耳を傾け続ける。 「結果的に息子のめぐる君が生き延びた。何回か会社で見たことがあるのよね。あの時には、中学生くらいにはなっていたのかしら。金の価値も曖昧な子どもには勿体ないわ」  青森は遠くを睨みつけながら爪を噛む。ぎざぎざになった爪の先をじっと見つめた後、今度は札束を数えるような動きをしてうっとりし始めた。 「ところで、家族全員殺害が遠藤の提案だと思っていたんですか? 理由を聞いていいかしら」  達川の後ろの沢田が「遠藤は全て片付ける男だ」と言うと、女は舌打ちをする。 「へえあの男、そういうポリシーがあるの。それなら家族三人分のお金払って損した。めぐる君を殺すのに追加料金まで払ったんですよ。13年目に一人100万の計300万。そして、追加料金として50万。最悪じゃない。あいつ最初に100万で請け負うって言ってたから、変に頼むんじゃなかったわ」 「悪徳業者に騙されたかのように言うんだな」 「そうでしょ。まっ、殺し屋なんて信じちゃいけないんだろうけど。そうね……悪徳業者にはそれなりに制裁を加えなくちゃね」  今度は、青森が庸治の方へ身を乗り出した。庸治を見定めるように見る目つきが子どものように光る。 「遠藤が居そうな場所教えてあげましょうか。今日は、めぐる君が死んだことも分かったし、何より最後に平嶋課長の真似でもして正義に加担してやるわ」  饒舌に遠藤について話し始めた青森の証言を、庸治はメモする。 「こんなところかしら。ご協力に感謝して欲しいものだわ」 「……参考にする」 「用心深いわね」 「最後に一つ聞く。青森恵子、あんたは遠藤に三回接触している。一回目は平嶋家全員の殺害、二回目は息子めぐるの殺害、三回目は何を依頼した。金銭が払われた形跡もない」 「調べるの早いのね。三回目は断られたのよ」 「断られた?」 「ええ。そもそもめぐる君が生きていなければ追加料金は発生しなかった。だから遠藤に依頼したのよ。めぐる君を火災から助けた人間を殺してって。でも、探偵にまず頼めって言われたわ。現場に戻った遠藤が言うには、めぐる君を助けたのは警察官らしいけど」 「そうか」 「刑事さんなら誰か分かりませんか?」  庸治より先に沢田が「知らんな」と答える。 「もし分かったら言っといてくださいよ。追加料金、私に払ってって」  きゃっきゃっと笑う青森。 「……話はここまでだ。留置所に戻れ」 「はあい」  庸治と沢田は「あと、任せた」と青森を連れてきた警察官に頼む。「遠藤、つかまんないかなあ」と楽しみにしている青森の横を通り過ぎる庸治の足が止まる。 「青森恵子」 「何ですか?」 「……あんたに払う金なんてない」  庸治は、それだけ言うと、取調室のドアを閉めた。  捜査本部に戻る廊下で沢田に肩を叩かれる。 「よく耐えたな。お前のお陰だ。信憑性はないが、青森が吐いた場所に捜査員を向かわせよう」 「……くそッ!」  庸治は、らしくない暴言を吐きながら腕を振り上げた。振り上げられた腕は、沢田によって元の位置に戻される。 「お前のその腕は、感情をまき散らすためにあるわけじゃないだろ。少なくともお前は……その腕で、13年前に平嶋めぐるを救ったんだ」 「……親を見殺しにしたと恨まれるに決まっています」 「そうか?」 「今日の会議で、13年前、めぐるを助けたのが俺だと、あいつは気づいたと思います」  捜査会議から抜けるとき、駆け寄ってきためぐるの表情を思い出す。 「……俺がいらんこと言ったからか」 「何を言ったんですか」 「13年前の職務違反の話。詳しくは話してないけど。でも、知ってる風だったぞ」 「職務違反をしたことは言いましたから」 「へえ、そんなダメな自分を見せられるまで仲良くなったのか」 「揶揄わないでください。たまたまそんな話になったんです」  庸治の足取りが速くなる。 「顔赤いぞ。大丈夫か」 「問題ありません」 「とにかく適材適所だ。達川がどうして遠藤の捕獲担当になっているか分かるな」 「分かっています。次は必ず逃がしません」  13年前。庸治は、火災の現場を目の当たりにした。放火の可能性があり、すでに有名だった殺し屋遠藤の捕獲が無線から指示されたにも関わらず、火の海に突っ込んだのだ。 「言い換えれば、遠藤がめぐるに近づくより前に確保すればいいんですよね」 「そうだな」  庸治は、青森から聞いた内容を頭の中で反復する。 「めぐるを、おとりになんてさせるか」  その目は、炎より激しく燃えている。
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