第六話 追いつめる

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 署内に足を踏み入れると異様な慌ただしさだった。裏口から出たはずのめぐるが、何故か消防服に身を包んでいる。  泉田副署長が、庸治たちのもとへかけより重々しく「やられた」と苦虫を嚙み潰したように言う。 「同時多発的に火災が発生している。しかも、爆発音もしたそうだ」 「遠藤による時限式の爆発ってことですか?」 「ああ。やっこさんこっちの動きに気づいてる。捜査を攪乱させるつもりだ」  沢田も合流し、庸治に残念そうな顔を向ける。 「平嶋君も消火へ向かう」 「めぐるを向かわせるんですか? そこを狙われるかもしれないのに!」 「まずは市民の命だ。平嶋もそれを望んでいる」  泉田は誇らしげにいうと沢田に「だが、そちらも手を引く気はないだろ」と肩をすくめる。 「おとり捜査は一時中断。ここからは消防との合同捜査ということでよろしいですか」 「ああ、かまわんよ。消防は遠藤の放火の鎮火でやつの後始末をする。そちらさんは、その隙をついてくる遠藤を逮捕すればいい」  沢田と泉田が強く頷く。泉田は指揮をとるため慌ただしい消防士の中へ向かう。呼ばれためぐるを庸治は思わず引き留める。 「無茶すんなよ」 「庸治さんも」  犬のような人懐っこさも、ふにゃりとした笑顔もない。消防士平嶋めぐるの表情に、庸治は一瞬目を奪われる。 「達川、向井田。俺たちも行くぞ。面パトで平嶋たちを追いかける」 「はい!」  めぐるに背を向けた庸治に沢田が強く言い放つ。 「達川、お前のすることは変わらない。いいな」 「はい」  めぐるの乗り込んだ消防車がけたたましいサイレンを鳴らして出動する。庸治たちはその後を追いかける。  緊急走行をする消防車を追いかけること数分後、無線から流れてくる近況に車内の緊張感が一気に高まる。 「もう一度言ってくれ」  沢田が落胆した声を出す。 『遠藤はトイレから出てきませんでした。捜査員が突撃したのですが、男子トイレはもぬけのから。それでもう一度映像を確認したら……』 ──度もトイレに入っていない黒髪の女が出てきたのが確認されました。  庸治は全身に鳥肌が立った。 「長い黒髪で、緑色のトートバッグか!?」 『そうです!』  沢田が後部座席から助手席の庸治の方へ身を乗り出す。 「お前見たのか?」 「消防署へ入る数分まえにスーパーから出ていきました」 「くそ。トイレで変装したのか」  運転席の向井田が「なぜですか?」と聞く。 「遊んでやがるのか、それとも、消防署の前で慌てる消防士をゆっくり見物したかったのかどっちかだろ。今回の場合、後者だな。平嶋の出動先を確認したんだろ。火災現場は綺麗に東西南北の四か所だ」  黒い煙が上がる方へ消防車は向かう。 「向井田、しっかり追いかけろ。達川、俺とお前は近くに遠藤がいないか見張るぞ」 「はい」  不審な車に目を凝らす。消防車の後ろを走っているのが覆面パトカーだと気づかない他の車は平気で違反をする。  結局、遠藤らしい女装した男は見つからず、火災現場へと到着する。燃えているのは空き家だった。草が生い茂っていたのか、壁のツタ沿いに炎があがっている。燃えて壁から剥がれた蔓が炎を纏ったまま落下し、近距離での消火を阻む。先に降りためぐるたち消防士は消火活動を始めている。それを庸治は遠くから見守る。野次馬が炎の勢いをものともせず他人事のように見物する。命を懸けた人間との温度差が庸治を苛立たせる。 「落ち着け」  隣にいた沢田に小突かれ、庸治は野次馬の中に不自然に見物をしている人間がいないか、目を凝らす。時々、視界の片隅で消火活動をするめぐるを盗み見する。めぐるは太いホースを持ち、大量の水を放水する。相当な力がかかっているはずなのに、紐でも持つかのように動きが軽い。  庸治は、反対側から押し寄せる野次馬の方へ目をやる。その一瞬、だった。 「平嶋君がいない」  向井田の震える声で庸治は内臓がひっくり返りそうになった。めぐるがいた場所にはホースだけが取り残されている。家屋は炎に包まれ、誰かが突入した形跡もない。消防車の周りにもめぐるはいない。 「平嶋の捜索、および遠藤の確保だ。やつは必ず平嶋のそばにいる」  沢田の苦しそうな声が庸治の気持ちをさらに不安にさせる。三人は散会し、あたりを捜索した。めぐるはどこにもいない。消防士の服を着ていて目立つはずなのに野次馬しか見当たらない。  庸治は深呼吸をして、今までの遠藤の犯行の数々を思い出す。そして遠藤ならこの場からどのようにしてめぐるをおびき出すか推測する。火災の方を見上げると、風が西の方へ流れている。それに身を任せ、炎や燃えた蔓が捜査網をすり抜ける遠藤のように優雅に舞う。
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