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「めぐるは消防士なのか」
「はい! 達川さんは、会社員ですか?」
「そんなところだ」
めぐるは「へえ」と半笑いで言う。
「今、似合わないと思っただろ。いかつすぎて営業には見えないな。でもデスクも似合わない……ってな?」
「な、なんでわかったんですか?!」
「顔に書いてある」
めぐるは頬を揉む。そしてビールジョッキを持つ、庸治の大きな手から捲られたワイシャツから伸びる太い腕に視線を動かす。肩幅はアメフト選手のようだ。
「どちらかというと俺たち消防士と同じような体格ですよね。消防士なりませんか?」
「ははは、いくつだと思ってんだ。もう四十超えてんだ。試験受けられないだろ」
「残念です。俺より体力あるのに」
「それに人命救助なんて責任の重い仕事、俺には向かねえよ」
「人命救助だけじゃないですよ! 他にも──」
めぐるは瞳を輝かせながら消防士の仕事について語りだした。その話はいつしかめぐるの幼少期にまでさかのぼる。
「俺、火事の被害者なんですよ」
庸治はその言葉に眉をピクリとさせ、真剣な面持ちで耳を傾けた。
「子どもの頃、火事にあったんです。その時、消防士さんに助けられて憧れるようになりました。最初は火消しだけの仕事なのかと思ったんですけど、ヘリのパイロットもいるし、山岳救助とかもあるし、もちろん火災報知器とか細かい仕事もあることに驚いて。すごく人の為になる仕事なんだなって余計に憧れました。でも火事の出来事が一番の志望動機なので、今の部署を希望したんです」
面接の志望動機をそのまま言ったような内容。だが、それはめぐるが倍率の高い試験の為に、必死で練り上げたもの。そこに全てが詰まっているのを庸治は感じ取った。
「すごく怖かっただろ」
「一面火の海でした。父と母はその時に焼け死んで。俺はパニックを起こしてたみたいで」
「みたいで?」
「あまり覚えていないんです。覚えているのは消防士さんに助けられたことだけですね。その時の感触も覚えています」
実はそれがめぐるの性癖に繋がっていた。死を目の前にした極限状態の自分を救出した消防士の逞しい体は憧れから性対象へと変わっていったのだ。
「しかも、その消防士さんと消防学校で再会したんですよ! 今は戸塚消防署に勤めているんです」
「なら、昨日の火災でもあったのか」
「いいえ。もう現場には出ていない人なんで。でも今度会いに行って頑張ったこと褒めて貰おうかなとか考えてます」
嬉しそうに、そして恥ずかしそうに微笑むめぐるは、「年甲斐もないですよね」と舌を出した。
「いいんじゃないか。成長した姿を見てもらえるっていいことだろ……それより悪いな、昔の嫌な思い出を話させて」
「俺が勝手に話し出したんで気にしないでください! 達川さんの仕事の話も聞きたいです!」
「それは今度な」
「またご飯連れて行ってくれるんですか?」
「ああ。いいぞ」
庸治はめぐるの頭を強く撫でた。その下では自分より幼い笑顔が咲き誇り、胸が痛くなった。会計は庸治が持つことになり、その日はお開き。
「代行で帰るんですか?」
庸治の車の横でめぐるは言う。
「ああ。お前は帰れるか? タクシー代だすぞ」
「大丈夫です! そんなに飲んでいないので走って帰ります!」
「若いな」
「では、今日はありがとうございました。またジムで! あと、ご飯にも連れて行ってくださいね!」
「ああ」
庸治は駆け足をするめぐるに手を振った。今日一番の笑顔を咲かせためぐるの背中がぐんぐん遠くなる。それを見送ると
──バタンッ
車の運転席に乗り込んだ。財布にしまった居酒屋のレシートを見る。めぐるには見せられない。何故なら、予約の際、庸治の生ビールはノンアルコールにしてもらっていたからだ。
めぐるにとっては楽しい食事も、庸治にとっては捜査の一環だった。ジムで出会った男を誘う不自然な行動。不審に思われないため、相手が酒を飲めばこっちも合わせる。仕事なのでノンアルコールを提供するように居酒屋に事前に手配は済ませておいた。
しかし……
「あいつあっさりついてきたな」
めぐるの好意に気付かぬ庸治は、彼の素直さが心配になった。レシートを丁寧に畳み財布に戻す。そしてその手で向井田に電話をかけた。
「やっぱりあの平嶋めぐるで間違いない。ああ、そうだ。13年前の河島の火事の被害者だ。間違いなく両親もなくなっている。家? それは聞きそびれた。さすがに一回目の飯でそこまで聞けるわけないだろ……大丈夫だ、次の約束もほぼ取り付けた。こっちは任せろ。とりあえず夜中に悪かったな。嫁さんにもよろしく」
電話口ではなんども向井田が謝っている。
「いいって。どうせジムにも通うんだ。ジム前方の住宅は今回の火災の犯人の手掛かりがある。それにジムには……」
庸治は帰り際に咲いた消防士の笑顔を思い出していた。
──今回の火災のもう一つの手がかりがいんだからよ
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