夏の幽霊の冷たい風

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 夏休みの宿題が終わらない。  正確に言うと、始まってすらいない。  出された宿題に対してぼくはいまのところノータッチだった。このままでは夏休み最終日に泣きながら宿題をするハメになる。それはわかっているし、やる気だってないわけではない。その証拠に宿題を机に広げ、椅子に座るところまではしたのだ。シャーペンを握りしめ「ようし、やるぞ!」と気合いを入れさえした。しかし不思議なことに、気がつくとぼくはゲームをしている。宿題を机の上に放置し、シャーペンの代わりにコントローラを握りしめている。こういう不思議な現象が数日続いた。数日続いて、いい加減ぼくは気がついた。この部屋は呪われている。ぼくに宿題をさせないためのなんらかの呪いがかけられている。いったい誰がこんな呪いを……! それはわからないが、このまま呪われ続けるわけにもいかないので、ぼくはある対抗手段をとることにした。呪いが部屋にかけられているのなら話しは簡単だ。宿題をする場所を変えればよいのである。  というわけでぼくは図書館に向けて歩いていた。とうぜんだけど図書館で宿題をしようという魂胆だ。昼の炎天下の中を歩きたくないから朝の9時に起き(夏休みのぼくにしては超早起き!)、10時の開館時間に着くようにに家を出発した。  今日はまさに夏という感じのいい天気だ。しかも暑いには暑いのだが、うだるような不快な暑さじゃない。汗はかくけれど風がそれを冷やしていくというような、一種の爽やかさがある。あるいは気温の上がり切っていない今だからそう感じるのかもしれない。朝の9時台というのは毎日こんなにすがすがしいのだろうか。そうだとしたら、宿題のために早起きをするのも悪くはない。  なんてことを考えていた、そのときだった。 「せんぱあああああああい!!」  その声に振り向いたぼくは、次の瞬間、ふっ飛んでいた。 「んごふぅ!」という奇妙な声がぼくの口からこぼれ、宙に浮いたぼくの体は、背中から道路に落下した。いったい何が起きたというのか。気がつくとぼくは仰向けに倒れていて、さらに女子高生に馬乗りにされていた。どうやらぼくはその女の子にタックルをされたらしい。女の子はぼくのお腹に座ったまま悪びれもせず、屈託のない太陽のような笑顔をぼくに向けていた。 「お久しぶりです、真中(まなか)先輩! 終業式以来でしょうか!」と女の子が言った。 「お、おう。とりあえずそこをどこうか、朝日野(あさひの)」  腹筋に力を入れてなんとかそう言うと、彼女は「これは失礼しました!」と言ってぼくの上からどいた。  ここまでのやり取りでわかるだろうが、残念なことにぼくと彼女は知り合いだ。彼女の名前は朝日野友香(ゆうか)。ぼくと同じ学校に通う高校1年生。彼女のことをひと言で言えば、元気な子だ。声が大きく、体力があり、いつも明るい。人懐っこく、異性であろうとこうしてスキンシップをかましてくる。ちなみに本人はじゃれついているだけのつもりらしい。イメージとしては大型犬だ。まあ、人間としての彼女は背の小さいほうなのだけれど。 「改めまして、おはようございます真中先輩! こんなところで会うなんて奇遇ですね! お元気ですか?」  立ち上がったぼくに対して朝日野は元気よくあいさつをした。 「元気だったけどなあ、朝日野。たった今元気じゃなくなったよ。背中がいてえよ」 「なんですと! それはいけませんねえ! 背中が痛いだなんて、ゲームのし過ぎじゃないですか?」 「なぜそうなる」 「えっ、まさか勉強のし過ぎで痛くなったわけじゃないですよね? そんな、真中先輩らしくもない」 「自分のしたことを棚に上げておいてなんという言い草!」 「えっ……? もしかして、わたしが抱きついたからだって言うんですか?」 「そのまさかだよ! っていうか抱きついたとかそんなハートフルなものじゃなかっただろうが。明らかに殺傷力のあるタックルだったろうが!」 「すみません、これにはわけがあるんです!」 「ほう。いったいどのようなわけがあるというのだね」 「真中先輩に会えたことのよろこびが爆発してしまって、その……、ついあんなことになってしまったんです……」 「うっ……」  朝日野のその言葉とシュンとした表情にはなかなかの破壊力があった。だいたいその振る舞いのせいでわかりにくいが、朝日野はよく見ると美少女なのである。俗に言う黙っていればかわいいってやつだ。そんな子が目を潤ませながら「先輩に会えたことがうれしくて……」なんて言ってきたら、ドキッとしてしまうのが男というものだろう。いや、しかしここは心を鬼にしなければなるまい。というより、たださねばなるまい。人はみな平等。かわいいというだけで彼女の所行が許されてはならない。危ないことをしたのだから当たり前に叱る。それがフェアネスというものだろう。 「あのなあ、朝日野……」  ぼくは諭すように彼女に語りかけた。  と、その時だった。 「ならばお返しに、真中先輩がわたしにタックルをしてください!」と朝日野が言った。 「は?」 「ですから目には目を、歯に歯はを、タックルにはタックルです! それが公平ってものでしょう! さあ、わたしを殺す気で! バッチこーい!」 「おまえのフェアネスはおかしい!」ぼくは思わず叫んだ。 「えっ、どこがですか? まさか真中先輩、わたしが女の子だからできないって言うんですか? わたしたちの友情はそんなものだったんですか?」 「いや、そうじゃなくてだな……」 「はっ! わかりました先輩。それだけでは足りないと言いたいんですね! わたしにとってはただのタックルでも、真中先輩にとってはそれ以上の意味があった。つまり、わたしのような小さい女の子にふっ飛ばされて、先輩の男としてのプライドもふっ飛んでしまったと、そういうことですね! ああ、なんということでしょう。わたし、先輩の心の傷にまで考えが及んでいませんでした。こうなったら仕方がありません。先輩の心行くまでわたしを辱めてください! それで先輩の心が癒えるというのならわたし、この身を捧げます!」 「気持ち悪いことを言うな! いったいぼくに何をやらせる気だ!」 「でも先輩、このままじゃあわたしの気が収まりません!」 「いったいいつからそんなドMキャラになったんだよ、おまえは」  ぼくはため息をついた。  それにしてもだ。このままだと朝日野はもっと変なことを言い出しかねない。それならばさっさと相手の要求を飲んでしまったほうが手っ取り早いし、後腐れなく済むというものだろう。 「よしわかった。タックルしてやるよ。それでこの件についてはチャラだ」 「さすがは真中先輩、そうこなくっちゃ!」 「じゃあ行くぞ」 「こい!」  朝日野の準備が整ったのを確認してから、ぼくは彼女にタックルを仕掛けた。もちろん本気でやるわけじゃない。朝日野はぼくよりも丈夫だろうし、たとえぼくが本気でやったとしてもケガなんかしないだろうが、それでも相手は女の子だ。それにそもそもの話しとしてできれば暴力的なことはしたくない。だから最初から手加減はするつもりだったのだけれど、ここでひとつ問題があった。手を抜いているのが朝日野にバレたら、それはそれでまた何か言われそうだということだ。そうするとつまり、手を抜くにしてもバレない程度にする必要がある、というわけだ。  なんて、余計なことを考えながらやったのがいけなかったのだ。  結論から言うとぼくと朝日野は、ただ正面衝突しただけみたいになった。  そもそもぼくは運動が得意なほうではない。そのうえ、まあ当たり前と言えば当たり前なのだが、タックルなんかしたことがない。たぶんぼくは加減がどうのと言う前に、きれいなタックルを心がけるべきだったのだ。  なんていう分析はもちろん後の祭りなわけで。 「うわっ!」  もみくちゃになって、もつれ倒れるふたり。  そしてぼくの「いてて……」というセリフである。  ここまでくれば勘のいい読者はどういう現象が起きたのか、わかったかもしれない。  気がつくとぼくは朝日野に覆い被さるように倒れており、そしてぼくの右手は、彼女の慎ましくもやわらなお胸を、包み込むようにわしづかみにしていた。  そう、俗に言うラッキースケベというヤツである。  いや、よく考えれば故意にタックルをしている時点でちょっと違うのかもしれないが、それはともかく……。 「……」 「…………」  とつぜん発生した状況にぼくたちはしばし固まった。  だがここで慌てるぼくではない。ぼくはあえて悟ったように「ふっ」と笑った。それから朝日野のお山から右手を離し、何事もなかったかのように立ち上がると、服を払うなどして身なりを整えてから、さらりとこう言ってやった。 「目には目を、歯には歯を、おっぱいにはおっぱいを、だろ?」  それを聞いた朝日野はゆっくりと立ち上がり、満面の笑みで言った。 「覚悟はできているみたいですね、先輩」  こうしてぼくは生まれてはじめて、女の子におっぱいを揉まれた。  大胸筋が千切れてしまうほどの、激しい揉み方だった。  いやん。 「ってこんなことしている場合じゃないんですよ! 聞いてくださいよ真中先輩!」いろいろとチャラにしたところで朝日野が言った。 「なんだ、朝日野。もしかしてここまでのやり取りは前振りだったのか? 早く本編を始めろよ」じんじんと痛む胸をさすりながら、ぼくは言う。 「じつはですね」と朝日野は急にトーンを落として言った。「今朝からゾクゾクッときているんですよ。ちょっといままでと違う感じなのですが間違いありません」 「それって……」 「はい。幽霊がこの町に出ました」  ここにきて何をいきなりと思うだろうが、朝日野友香には霊感があって、幽霊を見ることができるのだ。しかもそれだけじゃなく、ある程度の距離までなら幽霊の気配がわかる。というのも幽霊はひんやりとした空気を周囲に発していて、それを彼女は感じ取ることができるらしいのだ。ぼく自身は霊感がないから幽霊は見えないし、幽霊の発する冷気(霊気?)の感覚もよくわからないけれど、春に朝日野と出会ってから彼女絡みでちょっとした怪異に何度か遭遇していることから、いちおうぼくは彼女の言うことを信じている。 「それで、朝日野はその幽霊を探している最中だったってわけか」 「はい! 夏と言えば幽霊。いいタイミングで出てきてくれたものだなと!」 「相変わらずノリが軽いな」 「ちょっと友達になってきます!」 「……」  これまでの個人的経験から言うと、幽霊はそんなに怖いものじゃない。いろいろと迷惑を被ることはあっても、少なくとも呪いのビデオ的なガチなホラー展開になったことはないし、生死を賭けた除霊バトル的な展開になったこともない。ただ彼(彼女)らは現世にちょっとしたやり残し、いわゆる未練があって、それが叶えば自然と消えてしまう。  そこで朝日野は友達になることで幽霊から話しを聞き出し、願いを叶えるお手伝いをしているのだ。こう見えて朝日野はなかなかすごいことをしているのである。まあそれはいいのだが、ひとつ問題がある。はっきり言って朝日野は相談相手に向かない。幽霊からの相談に対して「気合いでがんばりましょう!」とか「筋肉ですべて解決できます!」とか「ネバーギブアップ!」とか、そういうことしか言えないのだ。それで未練を消せるヤツは恐らく幽霊になんかならないだろう。むしろいつ死んでも後悔しなさそうだ。  というわけで、ここでぼくの出番がやってくるのがお約束なのである。朝日野に幽霊の話しを翻訳してもらって、ぼくが解決策を練る。幽霊にアドバイスをする。あるいは協力して一緒に願いを叶える。ぼくにとっては見えも感じられもしない幽霊とのコミュニケーションはおかしな感覚だけれど、少なくともいままではこれでうまくいっている。  まあつまり、ひと言で言えば、ぼくと朝日野は幽霊のお悩みを解決する相棒みたいなものなのだ。  ……。  どうしてこうなった?  まあそれはともかく、朝日野が幽霊を探しているのであればぼくも同行するべきだろう。朝日野の筋肉マッチョなアドバイスを阻止して、より円滑にことを運ぶためにも。  夏休みの宿題をするはずだったのだが、まあ、仕方がないよねー。 「じゃあぼくも一緒に行くよ」とぼくは言った。「朝日野だけじゃ不安だからな」 「ほんとですか! じつはそうしてくれるとありがたいとさっきから思っていたんです。さすがは真中先輩ですね〜。人の気持ちがよくわかってらっしゃる! でもいいんですか? 先輩も何か用事があったんじゃ?」 「大した用事じゃないから大丈夫だ。夏休みの宿題をしに図書館に行こうと思っただけだから」 「はー、宿題。2年生にもなると夏休みに宿題が出るんですねー!」 「いや、1年生にも宿題はあると思うが……」 「えっ? 何を言っているんですか、出ていませんよ?」 「は?」 「出ていませんよ?」  そのときぼくは、朝日野の目が死んでいることに気がついた。  こいつ、宿題という現実から目を背けてやがる!? 「朝日野、おまえ……」 「いえ、違うんです先輩」 「何が違うんだ」 「わたしは高校1年生の夏休みを満喫するという、人生の宿題をしているんです!」 「青春か!」  朝日野の言葉にくらっときた。そこまで言い切るのならぼくは何も言うまい。ぜひとも思い出の1ページに残るよう、この夏休みを楽しいものにしていってくれ。 「そこまで言われると気になるから聞くけれど、この夏休み、どんなことをしたんだ?」とぼくは訊ねた。 「そうですねえ、まず山に行きました!」 「おお、夏っぽいな。キャンプでもしたのか?」 「修行してきました! 山ごもりです!」 「……他には?」 「海に行って近くの無人島まで泳ぎ、そこでサバイバル生活をしてきました!」 「ごめん、朝日野。そういうのじゃなくって、まっとうな高校生の夏休みみたいなのはないのか?」 「あっ、友達に誘われてプールに行きましたよ!」 「おお、やっとまともなのが!」 「10キロくらい泳いだところで止められてしまったのが残念でした!」 「ぜんぜんまっとうじゃねえ!」 「そ、そうですか? じゃあこれはどうです? 昨日、友達とカラオケに行きました!」 「ああ、夏限定ってわけじゃないけど、いいじゃん。それなら力こそパワーみたいな展開にはならないだろうし」 「大きな声を出し過ぎたせいか、マイクを壊してしまいました!」 「おまえは思い出じゃなくって伝説を残したいんだな? そうなんだな!?」 「えへへ、そのせいか今日はちょっと喉が痛いんですよー」 「何が『えへへ』だ。ほめてねえぞ」  ダメだ。朝日野に青春の1ページ的な夏の思い出を期待したぼくがバカだった。この話しはもうやめだ。ちゃんと本編に戻ろう。 「で、話しを一気に戻すけれど、幽霊はどこにいるんだ?」とぼくは訊ねた。 「それがよくわからないんですよ」 「わからない?」 「はい。たしかにゾクゾクッと寒気は感じるんですけど、方向がいまいちわからなくって、さっきから右往左往しているところです」 「ふーん、そういうこともあるのか。まあ、幽霊探しに関してはぼくにはどうしようもないから、ぼくは朝日野に付いていくよ」 「わかりました。それじゃあ、ちょっとこのあたりを歩いてみましょう!」  というわけでやっと幽霊探しがはじまった。しかし、どれだけ歩き回っても幽霊はいっこうに見つからない。朝日野はあっちにふらふら、こっちにふらふらしているだけだ。全身幽霊センサーの朝日野が幽霊探しでこんなに苦戦するなんて。それを気にしているのかしだいに口数も減ってきた。いまはだんまり、道を歩いている。  と、そのときだった。  朝日野がいきなり、その場にしゃがみ込んでしまった。 「どうした、朝日野?」  朝日野の顔を覗き込んでぼくは驚いた。ボーッとしていて表情に力がない。あきらかに何かが起きている。 「おい、どうした、朝日野?」  ぼくがもう一度訊ねると、朝日野は口を開いた。 「やっぱりおかしいです、先輩。もしかしたらわたし、幽霊に取り憑かれているのかもしれません」 「なんだって? そんなことあるのか?」 「だってどこを探しても幽霊は見つからないし、それにわたしの体、だんだんだるく、重くなって……。さっきからすごく変なんです。こんなことはじめて。もしも幽霊がわたしに取り憑いているのであれば、幽霊が見つからないことも、この体の変調も、納得がいくと思いませんか?」 「いや、でも……」  そんなことがありえるだろうか。話しに聞く限り朝日野は幽霊の存在が正確にわかる。視界に入らずとも冷気を感じることでどこにいるのかがわかるのだ。だから取り憑かれるほど近づいてきた幽霊に気がつかないなんて思えない。それとも寝ているあいだとか、そういう隙をつけば可能なのか? 朝日野は今朝から寒気を感じると言っていたが、もしかして……。  いや、考えてもしかたがない。とりあえず今は朝日野の体調だ。見るからに辛そうだし、せめて安静にできるようにしなければ。幽霊についてはそれから考えよう。 「とにかく一度どこかで休もう。立てるか?」 「はい」  こんなに弱っている朝日野は見たことがなかった。立とうとしてふらつく彼女をぼくは支えてやった。触れてみると体がすごく熱くて驚く。  ん? 熱い?  そこでぼくは、ある考えにたどり着いた。  おそらくふつうだったら最初に考えるであろう、いたって平凡な答えだ。 「おい、朝日野」  ぼくは熱くなった彼女のおでこに触れながら言った。 「おまえたぶん、夏風邪だぞ」  先に結論を言ってしまうと、やっぱり夏風邪だった。  朝から寒気がして、喉が痛くて、さらに体がだるくなり、おでこに触れてみればばっちり発熱がある。幽霊のせいだとか、喉に関しちゃカラオケのせいだとか言っていたがそれらは単に勘違いで、オチは風邪による症状だったというわけだ。たぶん夏休みにはっちゃけすぎて疲れがたまっていた、というのもあるのだろう。  ということを朝日野を背負って彼女の家に運びながら説明してやった。 「えっ、夏風邪って都市伝説じゃないんですか!?」と背中で彼女が言う。 「んなわけあるか! っていうか寒気にしても、幽霊によるものか風邪によるものなのか、区別はつかねえのかよ」 「すみません。風邪になったことがないのでよくわからなくって」 「化け物か……?」 「い、いや、正確にはなったことありますよ! 小さい頃に1回くらい!」 「今回に関しては、おまえが風邪を引いたってことが怪異だったわけか」  とは言ってみたものの、人間誰しも病気になるし怪我だってするのだ。そのことを忘れて幽霊のせいだと決めつけてしまった今回のことは、もう少し大げさに言うとオカルトに走ってしまった今回のことは、考えようによってはひやりとするできごとだったのかもしれない。  あのまま幽霊のせいだと信じて、医者にではなく霊媒師のところにでも駆け込んでいたら、いったいどうなっていたことか。 「ま、しばらく安静に過ごすんだな。そのあいだに夏休みも終わっちまうかもしれないけど」ぼくは少し皮肉に言った。 「先輩……」朝日野が弱々しく言う。 「なんだ?」 「宿題手伝ってください……。わたし、幽霊よりもそっちのほうが怖いです……」 「おまえなあ……」  遊んでばかりいるからこうなるんだろ。って、人のことは言えないか。  それにしてもふだん元気丸出しの朝日野の弱々しい姿というのは、不謹慎かもしれないがグッとくるものがあるな。  って、何を考えているのやら。  ぼくはわざとらしくため息をついてから言った。 「わかったよ。おまえの風邪がちゃんと治ったらな」  そしたら朝日野は急にはしゃぎだした。 「やったー! 先輩、大好きです!」 「誤解を招くようなことを大声で言うな!」ぼくはすかさず突っ込む。  なんて恥ずかしいことを言うんだ、まったく。  彼女を背負って歩く道のりは、いつも以上に暑かった。
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