失踪

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桃が一緒だとしても やっぱり心配は尽きない。 これでもう何杯目だろう。 気がつくとコーヒーを淹れている自分。 一人で静かすぎる部屋が怖くて パパが好きなR&Bのレコードを パパご自慢のステレオの ターンテーブルに乗せ針を静かに落とすと 回り出す過去の汚れた自分の記憶。 ーーそんなにママのこと信用できない?! ただ感情的に初めて桃子を叩いた自分が 許せなかった。 自分の母親と何一つ変わりない自分が嫌で涙より先に吐き気すら込み上げる。 ーーアンタにそんな権利あるの!? と別の自分が責めてくる。 健介さんがお気に入りの 黒人ボーカルの女性の声が わたしを思い出したくなかった昔に 連れて行こうと 目を光らせ待ちかまえていた。 昔のスマホを起動させ、残された写真を眺めて後悔する自分も嫌だった。 産まれたての桃子を横に自撮りした 写真の中で微妙な笑顔を見せる。 複雑な気持ちの中で それでも嬉しかった。 無事に産まれてくれて嬉しかった。 あの日の気持ちに偽りはなかった。 産まれて半年くらいの時 初めて桃子が熱を出して 店を早退して病院に駆け込んだこと。 初めてのことにパニックになりかけた。 桃子が2歳になってすぐの頃 パパと結婚して… 初めての家族旅行。 秋の箱根。 あの時は信じられないくらい幸せだと思った。笑顔が溢れ三人で歩く山の尾根から見えた写真の様な真紅の紅葉に目を奪われた。
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