ゴミの定義

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 そういうわけだから、半年ぶりの訪問となる今回も、莉緒の部屋はきっと酷い有様に違いないと私は覚悟していた。  しかし結果から言うと、私の覚悟は良い意味で裏切られることとなる。 「え、片付いてる……」 「でしょー!」  呆然とする私に、莉緒は自慢げに鼻を鳴らした。  普段なら足の踏み場もない床は、寝転がってもまだ余裕があるくらいしっかり片付いている。カーテンの開いた窓から射す光が、部屋の中を白く照らしていた。 「どうしたの、これ。誰かに手伝ってもらったの?」 「違うよ、ちゃんとひとりで片付けたんだから。菜々子もよく言ってたでしょ? 人に頼るなって」 「そんな、まさか」  あんなに片付け下手だった莉緒が、自力でこんなに部屋を綺麗にできるわけがない。  私が疑いの目を向けると、「本当だってば」と頬を膨らませながら、莉緒はテーブルの上のスマホを手に取った。 「ほら、ほら、見て。これ、お片づけアプリなの」 「……フリマアプリのこと?」 「ううん、そうじゃなくて」  スマホの画面には、『楽チンお片づけ』なんていうポップ体の字が踊っている。莉緒がなにやら操作をすると、画面はカメラに切り替わった。 「写真を撮るだけで、それが要るのか要らないのか、勝手に判断してくれるんだ」 「なにそれ」 「あ、その顔、信じてないでしょ。ホントなんだから」  言うなり、莉緒はクローゼットを開けると、中からハンドバッグを取り出した。それをテーブルに置くと、スマホをかざす。パシャリ、シャッター音。 「ほら」  莉緒がスマホを手渡してきた。そこにはハンドバッグが映った写真が表示されていて、読み込み中という意味なのか、ぐるぐると円が中央で回っている。  やがてその円は消え、画面の中央に大きく『不要』と表示された。 「不要、だって」 「あ、ホントに? 確かにこれもうボロいもんね。じゃあ捨てようっと」 「いやいやいやいや」  私はバッグをゴミ箱へ投げ込もうとした莉緒の腕を慌てて掴んだ。 「なにこのアプリ!?」 「だから、お片づけアプリだって。要るものだったら『必要』、要らないものだったら『不要』って出るの」 「いやいや……どういう判断基準なのよ、それ」  こんな写真一枚撮っただけで、要る要らないがわかるもんか。 「最初に性別とか年齢とかわたしのデータ入れたし、そういうのなんじゃない?」 「そんな適当な……こんなの絶対にインチキだってば。本当に信じてるわけ?」 「なんで怒るの? 菜々子が言ったんじゃん、ちゃんと自分で片付けできるようになれって」  確かにそう言ったこともあるけれど、それはこんな怪しげなアプリに頼ってほしいという意味ではない。  しかし、訝しそうに私を見つめる莉緒の目に、私は何を言えばいいのかわからなくなった。どう伝えようが、莉緒には私の言いたいことを決して理解してもらえないような気がしたのだ。  私の沈黙を納得と受け取ったのだろう、莉緒はニコニコ笑いながら、まだ私の手の中にあるスマホを指差した。 「菜々子も自分のスマホに入れてみなよ、そのアプリ。便利だから。じゃ、わたし、お茶淹れてくるからね」  そう言って、さっさとキッチンへ行ってしまう。その途中で、莉緒はハンドバッグをゴミ箱の中へ落とした。  誰が作ったアプリなのか知らないが、本当にデータとやらを照合して結論を出しているとは思えない。どうせ『必要』と『不要』の文字をランダムに表示しているだけのインチキアプリだろう。莉緒はこんなものを使って部屋を片付けたのか。  ……いまいち腑に落ちないが、私や他の人に頼りきりだった今までよりはマシ、なのかもしれない。  私はゴミ箱の中の、あっけなく捨てられてしまったバッグを見つめた。  言うほどボロくない、と思う。私だったらまだ捨てずに使うだろう。でもあれは莉緒の持ち物なのだから、私がそれを判断するべきではないのだ。莉緒の決断力のなさには辟易していたが、彼女を甘やかしてばかりだった私も悪いのかもしれないと、少し反省した。
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