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私と莉緒の関係ってなんなんだろう、と考えさせられることかある。
能天気で無気力な莉緒の性格に時々困らされることもあるけれど、私は、私と莉緒の間の遠慮のなさが嫌いではなかった。だから大人になった今でも、私はこうして莉緒に会いに来る。
だけど、莉緒のほうは、どう思っているのか。
普段はこんなこと、気にしていない。でも私は時折、莉緒本人の手によって、この疑問を突きつけられてしまうのだ。
「菜々子、こっち向いて」
莉緒の部屋に遊びに来て、何をするわけでもなくダラダラとテレビを見て過ごしていた時だった。
呼びかけられて、顔をそちらに向けると、パシャリと音が鳴る。莉緒が私にスマホを向けていて、写真を撮られたのだと数秒遅れて気づいた。
「なに、いきなり」
「うん……」
最近、莉緒の部屋が以前のように散らかることは一切なくなっていた。広々とした床に足を伸ばしながら、莉緒はスマホの画面をしばらく見つめた後、へらりと笑う。
「『必要』だってさ」
「は?」
間抜けな声を返してから、また数秒遅れて、私は莉緒の発言の意味を理解した。
目がすっと乾いて、一瞬激しく痛む。
「ねえ、それは、ちょっと……」
ないんじゃないの。
そう言おうとして、喉がつまった。怒ればいいのか、それとも安堵すればいいのか、迷う。莉緒の顔をまっすぐに見ることができなくて、彼女の手の中にあるスマホを凝視した。
スマホに映る私の写真。その上には、無機質に『必要』と書かれている。
脳裏に浮かんだ映像に、背筋がぞっと冷たくなった。
「……お茶、冷蔵庫の、もらうから」
やっとの思いで吐き出した一言は、今の出来事を全く無視したものになってしまった。
「どうぞ」
のんびりとした調子で答えると、莉緒はまた、手の中のスマホに視線を移す。
私はテーブルの上のコップを掴み、廊下にあるキッチンへとゆっくり向かった。リビングに続く扉を閉めて、息をつく。
胸の内で、さまざまな感情が絡み合っている。その一つ一つがどんなものなのか、当の本人である私にさえよくわからなかったけれど、たった一つだけはっきりしている感情があった。
恐ろしい。
お茶なんてただの口実だったけれど、確かに喉は乾いていた。私はシンクに手をついて、深呼吸をする。
どれくらいそうしていただろうか。顔を上げた私は、並んだ調理器具の中に、ついこの間まで存在していたはずのフライパンがないことに気がついた。莉緒は自炊をするはずなのに。
あのアプリを見つけた時の、莉緒の嬉々とした様子を思い返す。
便利でしょう、と笑っていた。でも、要るものと要らないものを分けるのは、そんな道具に頼らなければならないほど難しいことだろうか。
だって、考えるの面倒くさいんだもん——いつかに聞いた莉緒の言葉が、鋭く私の心臓を突き刺した。
私が『不要』だったら、莉緒はどうするつもりだったのか。
「莉緒……」
唸るように名前を呼ぶ。その時だった。
パシャリ。
またあの音が聞こえたのだ。頭のてっぺんが一気に熱くなる。
「もうやめてよ!」
私は甲高く叫ぶと、リビングへと駆け込んだ。莉緒の手から、スマホを奪い取ってやるつもりだった。
しかし、いつの間にか、リビングから莉緒はいなくなっていた。ベランダに続く窓が開け放たれていて、ここが高層階にある部屋ということもあり、強い風が吹き込んでくる。
私は口を半開きにしてその光景を眺めた。莉緒はどこに行ってしまったのだろうか。
視線を落とすと、テーブルの上に放置されたスマホが目に映った。
その瞬間、体を満たしていた激情が冷めた。
私はスマホを手に取り、開いたままの窓を見つめる。
「……うそ……」
覚束ない足取りで、よたよたとベランダに出る。風の音に紛れて、誰かの悲鳴のような声が聞こえた気がした。
めまいがする。体を支えるように手すりを左手で掴み、恐る恐る、私は下を覗き込んだ。
遠く、遠くに、莉緒の姿が——。
右手からスマホが滑り落ちる。それは鋭い音をたててベランダの床に転がった。
起動しているのは、あの片付けアプリ。画面に映るのは、インカメラで撮ったらしい莉緒の写真。
そして、『不要』の文字だった。
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