1.財布

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1.財布

 まだ小雨が降っているが、朝の天気予報のお姉さんを信じるならば、じきに晴れるのだろう。ここは駅前のロータリー。この場所はデパートビルの下に広がっているため、誰かと待ち合わせる人々の雨宿りに使われる。彼ら彼女らは、畳んだ傘を杖にして、雑踏鳴り響く人の行き来の気配を静かに無視し続けているのだ。  肌に浸ってくるような湿気の感覚をおぼえるが、雨の音はもう聞こえない。ロータリーから眺めることのできる、ビルの外の景色は朝よりも明るくなっている。そうか、雲が薄くなってきたのか。時刻はもう十一時を過ぎた、お昼頃。  おなかすいた。  と、僕は思った。  今は彼女である栞と待ち合わせをしているため、コンビニに入って、おにぎりやチキンなどを買い食い、小腹を満たすことはできない。もしも、コンビニに寄っているころに、ちょうど栞が待ち合わせのロータリーにやって来て、僕がいないことを確認し、腹を立てるのならば、本当は君よりも先に来ていたんだと弁明するのが、面倒ではないか。  遅れるという連絡は未だこない。わざわざ連絡を寄越さない性格なのは、分かっている。だから、今さら苛立つことはない。それに、遅れるという連絡を寄越さなくとも、もうすでに遅れている。僕はロータリーを仕切るタイル張りの壁に寄りかかり、人の行き来をぼうっと眺めていた。  栞はいつも遅れてばかりだな。  ふと、五歩ほど先の床に、茶色い布地が落ちているのを見付けた。茶色い布地は、今にも流れる脚の歩行に蹴られそうになっている。  財布かな。  と、僕は思った。  隙を見て、それを拾った。 それは厚い革で作られた、高級感溢れる大人の財布であった。
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