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「これ象革じゃないかしら。けっこうお高い財布よ。」
栞は、神妙に呟いた。小さなころから高級な物に慣れているからか、財布が高価なのか安価なのか、栞にはすぐに分かるようだ。
やっぱり栞は、僕には似合わない女の子なんだろうな。
付き合う前から、栞が「お嬢様」だというのは、知っていた。「お嬢様」とは、振る舞いは上品で、性格は冷静で、皆に好かれて人気者、というイメージが、僕にはあった。栞は、確かに高校の生徒皆に名前を知られていた。それは学年がひとつ下の康の耳に届くほどだった。たぶん栞のことが好きな男子は、各クラスに5人はいたと思う。
だけれども、実際に付き合ってみて、栞の振る舞いが「お嬢様」がもつ特徴に、そぐわないんだろうな、と、僕はだんだん分かってきた。
だって、栞の箸の持ち方は少し変だし、小さなことで怒ったりするし、人の名前なんか覚えようとしない。今日だって、ずいぶん遅刻してきたじゃないか。
お嬢様なのに、お嬢様っぽくない。
栞のそんなところが、好きだ。
だから、栞が、財布が象革で出来ていると理解し、それが高価なものだと見抜いてしまうことに、「お嬢様」の姿を感じて、僕はため息をつきたくなった。
「取りあえず、交番に届けよう。」
と、足早に歩き出した。背中から、追いかけてくる栞の声が聞こえた。
「なに、怒ってんの?わたしが遅刻したから?しょうがないじゃない。」
違う。遅刻のことじゃないし。
この気持ちは栞には分かり得ない、と思いながら歩いているあいだも、栞は遅刻の言い訳を康に聞かせていた。背中から、あんただってねー!と、聞こえた。もう、こうなってしまっては始末が悪い。栞が自分から謝ることなどないのだ。
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