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店長登場
でも、アルファがどうしてここに?
美容師という仕事は、第二性別で分類すれば圧倒的にベータだらけの世界だ。アルファは基本的にどの業界でも経営者になることが多い。ということは、この男はこのサロンのオーナーだろうか。
男は入り口近くのカウンターに入り、タブレットを操作していた。ちょうど、俺の正面の鏡にカウンターの端が映るから、鏡越しに男の様子を伺うことができた。
「では、少々お待ちください!」
田中くんと髪型の相談がまとまると、田中くんはカウンターの男の所に向かい、タブレットを見せながらあれこれと男に話をしていた。男はしばらく田中くんの話を黙って聞いていたが、一通り聞き終えると、こちらに向かってきた。
「こんばんは。店長の八城です」
背後から鏡越しに挨拶された。白シャツと黒髪というシンプルな格好ながらも、たくましさと品の良さを兼ね備えたような感じがある。顔立ちもバランスが良くて整っている。いわゆるイケメン。やはりそういう立場の人だったか。
「私はアルファですが、当サロンはオメガの方も利用されることが多いので、抑制剤を投与しております。今回は彼に指導する形で口を挟むことがありますが、ご了承いただければと思います。もし私に触られるのが嫌でしたら、遠慮なく仰ってくださって構いません。よろしくお願いします」
「分かりました、大丈夫です。よろしくおねがいします」
自分でも客対応するタイプの店長か。アルファなのに、珍しい。接客慣れしているからか、八城店長にはアルファにありがちな所謂「上から」な雰囲気がなく、また、接客用かもしれないが、その穏やかな笑顔にすこし安堵した。
「では、少し失礼します」
店長は軽く会釈すると、俺の後ろの毛に触れた。髪を下から上へとかき上げ、うなじの辺りを見る。俺の体に緊張が走る。
「全体的な癖はないね。首元、ここの毛は注意して。あと、もみ上げの毛も…」
俺の髪をワシャワシャとかき上げながら、横に立つ田中くんにどういう切り方をしていけばいいのかを説明する。
「カットの時、プロテクターを外していただくことは可能でしょうか?」
店長に尋ねられ、ギクッとする。千円カットの時はつけたままで切られたり剃られたりしたけど、本来なら首まできちんとやるのが普通だ。素直に従えないけれども、俺は了承する。
「ああ、それは…大丈夫です」
「かしこまりました。あ、まだ今は外さなくても結構ですよ」
一通り田中くんへの説明を終えると、店長は再びカウンターへ戻っていった。
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