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つむじが暴かれる
カットがようやく終わったらしい。田中くんははさみをシザーケースにしまい、再びドライヤーを繰り出してブローする。温風が心地よく、眠気が更に強まる。
「あっ…と、少々お待ちください!」
気がつくと、田中くんは階段を駆け上がっていた。一体どうしたというのか。すると、店長がこちらに近寄ってきた。穏やかな笑顔で声をかけられる。
「遅くなってしまって申し訳ございません」
「あ、いえ…」
眠気をごまかそうと笑顔をつくるものの、愛想笑いになってしまう。
「あとは最後の仕上げですので」
言い終わると、店長は俺の髪型をチェックしはじめる。髪をつまんだり、ワサワサしたり。笑顔の中に厳しい眼差しを秘めて、俺のつむじを見つめる。
そのとき不意に、昔読んだ本の一説を思い浮かべた。理髪師を死神と例えていたあの作品。本編では確か「不吉だ、不吉だ」と、何事も悪い方へ解釈する老いた理髪師が登場してたような。何故、こんなことを思い出しているのか。別に店長は生き生きしているし、死神の雰囲気は全くない。
「つむじを暴かれる」…そういえば、あの作品はつむじを露にすることを是としない世界観だったか。つむじから記憶が立ち昇って消えていくとか何とか。
店長がつむじを見つめる眼差しが、俺にとってはどことなく畏怖を感じさせた。もちろん、店長は仕事として、田中くんの仕事の評価をするために俺のつむじを見つめている、ということは解っている。しかしそれ以上に、オメガとしての俺を、アルファとして何か暴こうとしているのではないか、という杞憂(と、いうことも解ってはいる)も感じていた。
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