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場面四 本気(二)
吐息が触れて、唇が重なると、島はわずかに口を開いて枝吉を受け入れた。息が混じり、舌が絡む。屈服させようとするかのような激しさは消え、ねっとりとまとわりつくようなその動きは、島の情欲を誘い出そうとするようだった。同時に、大きな手のひらは頬や首筋を撫で、緩んだ襟元から入り込んで鎖骨に触れる。そのゆるゆるとした動きを、
(もどかしい)
と思う程度には―――島は既に、止める気なら舌を噛み千切れ、と言ったこの男の「本気」を、受け止める腹を括っていた。
枝吉は、大切な友だ。
「………団にょ」
濡れた唇が囁いた。
「諦めたと?」
諦めた。
それは、少し違う。
島とていい年の男だ。意思に反して身体を自由にされるなど、死んでも御免だ。
だが―――
「………ほだされた」
ぼそりと言うと、枝吉の口の端が、ふっと緩んだ。
何と言ったらいいのか判らない。
だが、この男のあんなに苦い声も言葉も、聞きたくない。
「世徳」
「何じゃ」
島は、縛られ、投げ出された手を軽く動かした。
「解いてくれんか」
「痛かとか」
「痛うはなかばってん―――こいでは、何もしてやれんぞ?」
真面目に言ったのだが、一拍おいて、枝吉は噴き出した。
「何ば笑う。おいは真面目に言うとっとじゃ」
笑うとは失敬な。眉間に皺を寄せて咎めたが、枝吉はこみ上げてくる笑いが中々収まらない様子で、喉の奥で鳩のような軽い声で笑い続けた。
「わさんは―――」
ようやく笑いやめて、目の端に涙まで浮かべて枝吉は言った。
「そんままでおれ」
「………おい」
唇がまぶたに触れ、目元に、頬に触れ、耳を軽く噛んだ。ぺろりと舐められて、ちょっと息を呑む。息だけで、枝吉が笑った。
かすかな、呼吸の震え。
息が触れるほどに近くにある枝吉の顔は、表情が見えない。それが、何故か少し不安で。
「世徳、おいは逃げんけん―――」
「そんままでおれ、団にょ」
命令するように強い口調で、枝吉は言った。
「何ンもせんでよか。おいが、全部してやっけん」
「………」
梃子でも動かない枝吉の意志を感じて、島は諦めて口をつぐんだ。
が。
『おいが、全部してやっけん』
だが、それはそれで、少しばかり怖いような。
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