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「アズキ、アズキ、朝だよ、起きなさい」
初老の男性に肩を揺さぶられて、私は慌てて飛び起きた。
「すみません!私、寝坊してっ」
「大丈夫だよ、アズキ。それより、おじいちゃんに向かって、随分と他人みたいなこと言うんだね。おじいちゃん悲しいな」
そ、そうだった。
私はこの初老の男性の『孫のアズキ』なのだった。しかも幼稚園児の。
まさかここまで徹底してやるとは思っていなかったけど、人ゴミを人間に戻す試験みたいなものだものね、そんな簡単なもののわけがない。
私はブンブンと頭を振って、気持ちを切り替えた。
私は『望月 アズキ』で、この望月のおじいちゃんの孫。
「ごめんね、おじいちゃん。私ちょっと寝ぼけちゃった。そんな顔しないで。私はおじいちゃんのこと大好きだよ」
私はそう言って、出来るだけ無邪気におじいちゃんに抱きついた。
「おじいちゃんもアズキが大好きだよ。ほら早く顔を洗って、着替えてきなさい。朝ごはん出来てるから」
「はぁーい」
元気に返事をして、私は急いで準備をして、望月のおじいちゃんの作った美味しい朝ごはんを食べ、望月のおじいちゃんに連れられて、幼稚園へと向かった。
幼稚園の前には、優しそうな女の先生がいて、笑顔で挨拶をして子供たちを迎え入れていた。その先生が、私と望月のおじいちゃんの姿を見て、少しだけ顔を引き攣らせた。
「先生、おはようございます。先日連絡した通り、今日からまたアズキをよろしくお願いします」
望月のおじいちゃんが挨拶をして、私の背中に手を当てて、先生の前へと押しやった。
「先生、おはようございます。よろしくお願いします!」
出来るだけ無邪気に元気に挨拶して、私は大袈裟に頭を下げた。
「あらあら、アズキちゃん、すっかり元気になったのね。また今日から先生とも、お友達ともいっぱい遊ぼうね」
先生の笑顔はどこか引きつっていて、ぎこちなかったけれど、望月のおじいちゃんはそれには気づかなかったのか、再び「よろしくお願いします」と言って、家へ帰って行った。
しばらく沈黙が続いた後、先生は私の手を取って中に入り、一通り園内を案内してから、普段の園での過ごし方も教えてくれた。
「………あの、先生。こういう事って、もしかして今まで何回も?」
望月のおじいちゃんの姿がないことを確認して、私は先生に話し掛けた。
「あなたで5人目よ……みんな途中でリタイアしたけどね。とりあえず、ここにいる間は望月さん見ていないし、自由にしていていいし、私たちもあなたに特に干渉しないから」
先生も一応辺りに望月のおじいちゃんがいないか確認してから、小さな声で教えてくれた。
私で5人目…
一体あの望月のおじいちゃんは、何を求めてこんな事を繰り返しているのか…
気にはなるけど、でも、私はこれをやり遂げれば、人ゴミから人間に戻って…そして、あの男に復讐が出来る。
だから、どんな理由や思惑があろうとも、私は『孫のアズキ』になりきらなければ。
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