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『もしもし。申し訳ないのですが、今度の土曜日から日曜にかけてはるを預かっていただけないでしょうか? 大事な用事が出来まして、豪君と二人で出掛けたいのですが』
――心苦しかったが、将来に向けた大切な儀式だ。豪の実家に電話をした。口調はあっけらかんとしているのに、意外と鋭いところのある豪の母親は、滅多に僕から打診することがない事柄にも関わらず、今回も皆まで言わせることなく『勿論よ! 大歓迎! 何なら、こっちから迎えに行くわよー』と、独特の話し口調で僕の気持ちを和らげてくれた。
つくづく豪の思慮深さは、この素晴らしい家庭に育まれたのだと実感できる。
外堀は埋めた。
いよいよ、本丸に突入だ。
「今度の土曜日に休みが取れたんだけど、一緒に出かけないか?」
「あ、それ良いですね! はるも喜ぶだろうなぁ」
そう来ることは織り込み済みだ――豪のことだ、自分の楽しみより子供のそれを優先させるであろうことは、あの家庭でそんな風に育てられたのだから至極当然の思考だと思う。だからこそ、予め打診しておいたのだ。
「いや。今回は二人だけで出掛けたいから、僕の方から豪のお母さんにはるをお願いしてあるんだ」
「えッ? さっき用事があって母に電話した時には何も言ってなかったけど……」
こちらからは何も頼んでいない。きっと、彼女が何かを察してそのような行動に出たのだろう――一連の事柄が済んだら、真っ先に彼女の好物を持参して報告に伺おう。
「まあ、そういうわけだから。で、折角だから僕のカジュアルスーツを出しておいてくれるかな? 勿論、豪の分もだぞ?」
「はい。それは構わないけど……どこに?」
「ん? 銀座方面を考えてる」
「はあ、銀座……、あ! それなら、俺、行きたい店があるんだけど――」
腑に落ちないような、複雑な表情の豪の口から控えめに発せられた要望。その口の端が何となく綻んでいたのは、きっと、少なからずこの提案を嬉しいと感じてくれている証拠だと思う。
高身長で細身の豪の頭は八頭身かと見紛うほどに小さく、印象的なパーツは三白眼で、全体的に整った造作が故に一見すると怜悧な印象を有している。まるで豪の性格を表しているかような癖のない黒髪は、常に短く切り揃えられていおり、彼の内面を知らない者からすると、些かとっつきにくいといった第一印象になるのかもしれない。
さて。賽は投げられたのだから、僕は持てる力をすべて使い全力で頑張るつもりだ――
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