『ひんやり』への思慕

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 読んでいた本を閉じ、少女は長い睫毛を震わせた。  『ひんやり』って、いったいどんな感じなんだろう。  生まれてから彼女は、一度も熱さも冷たさも感じたことがない。いや、彼女だけではない。この時代に生きる人間は全て、そういった苦痛から解放されたのだ。  暑くも寒くもない、快適な温度が保たれた環境に暮らしているため、暖房も冷房も必要ない。食事は、熱すぎても冷たすぎても体に悪影響を及ぼすことから、体温と同じ熱さで提供される。  運動も遊びも実際に動くことなく、バーチャルの世界で楽しむようになっているため、汗をかくこともなければ、その後に冷たいビールで喉を潤すこともない。  全て電子化されたこの世界には存在しない、200万年前に生きていた人間の遺物である本。そこには、少女が経験したことのない感覚が描かれていた。  ひんやり……冷たくて、気持ちよくて、少し怖いって、不思議。  少女は再び、思いを馳せる。物語に登場する『ひんやり』が描かれていた世界を。けれど、頭を働かせて白い雪を思い浮かべてみても、太陽の光を浴びて透明に輝く氷を想像してみても、それを触った時の『ひんやり』とした感覚は、いくらイメージを膨らませたところで浮かんでこない。ましてや、そこから生まれる恐怖など理解出来るはずがなかった。
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