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初めこそはぎこちなさもあったが、こうして彼と向き合っていると、身に馴染んできた懐かしい空気を思い出すものだ。
やはり数十年などエルフにとってはついこの間のことなのか、昔の情景が鮮明に頭を埋めつくしてくる。
砂塵の吹き荒れる乾いた大地や、
意識を呑まれるほどに深い闇の洞窟。
身が縮むような魔獣の咆哮に、
視界を覆いつくすような火炎の渦。
そしてこの男が振りかざした、長剣の輝き。
出された氷菓子をスプーンで掬い、ジュディオはゆっくりと味わった。
離れて数十年間のわたしの道程を、舌で辿るようなその顔は、やがてまた、子供のように満面を崩した。
「うーん、ひんやりして甘酸っぱい。
これは美味いなぁ、まるで若返るようだ」
「……それは良かった。
ところでおぬし、そろそろ本題を切り出したらどうだ?
見え透いた芝居など、わたしが見抜けぬとでも思ったか?」
「ははは、相変わらずおっかないな、お前は」
スプーンを口に咥えたまま、彼は自分の右足をポンポンと2つ叩いて見せる。
「実は近頃年のせいか、この膝が言うことを聞いてくれなくてな。
それでお前に相談しに来た次第だ」
「膝?
確かに治癒の魔法も多少は使えるが、それも万能ではない。
老化による体細胞の縮小ならば、いかに魔法とて止める手立てはない。
おぬしとて、それくらいは知っていよう?」
「はっはっは、何も治してくれと言っているのではない。
ちょっとの間、痛みだけ忘れさせてくれたらいいのだ。
ほれ、バジリスク戦の時にやってくれただろう?
患部の神経を凍らせて、一時的に痛覚を麻痺させる魔法だよ」
確かに記憶はあった。
バジリスクの毒にやられ、のた打つような激痛に襲われたジュディオの脚。
脂汗を垂らしながらも、それでも向かって行こうとするこの男を、わたしは必死に止め、嗜めた。
しかしやはり、この男も忠告を聞かぬ愚かな人間。
一宿の恩を受けたに過ぎない名もなき村を、自分が救うと息巻いたものだ。
それで仕方なく、脚の痛みを凍らせてやったのだが──
「一時的に痛みを消してどうする?
氷の霊を滞留させたとしても、せいぜいもって50時間足らず。
束の間の健脚を得て、行きたい場所でもあるのか?」
ジュディオはしばらく黙ってから、わたしの顔色をうかがうような上目使いで、小さく答えた。
「ちょいとミスールの谷へ行って、ドラゴンでも狩って来ようかと思ってなぁ」
風の精霊達が密やかにざわつき、木の葉を揺らす。
まるでその辺に買い物にでも行ってくるような、事も無げな物言い。
初め、この男の言ってる意味が分からず、数秒ほどポカンとする。
やがて、こんな冗談を平然と言う奴ではないと思い出した時、
わたしはらしくもなく、声を張り上げていた。
「ジュディオ、馬鹿も休み休み言え!
そんな骨と皮ばかりの体で、今さら剣が振れるか。
いい加減年をわきまえろ!」
「まだお前よりは、だいぶ若いんだがなぁ」
「屁理屈を言うなっ!」
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