Hot Sherbet

4/5
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
. いきなり何を言い出すかと思えば、この男。 身の程知らずの愚か者の中でも、最たるものではないか。 ミスールの谷のドラゴンの噂は、わたしもとうに聞き及んでいた。 ヒースの街から東へ渡る街道を、遮る形で現れた漆黒の龍。 すっかり物流の滞ったヒースは、困窮と疲弊をじわじわと蔓延させているらしい。 多くの名だたる冒険者たちがそれに挑むも、未だ生きて帰った者はいないという強敵だ。 こんな生い先も長くないであろう老人が、むざむざ龍に餌をくれに行こうというのだから、つくづく開いた口が塞がらない。 「どうしても……ダメか?」 「無論だ」 「ダメと言われて、俺が引くとでも?」 「行きたいならば勝手に行くがいい。 だがわたしは、そう何度も馬鹿の相手をしてやるほどお人好しではない。 どうせ失う命に、わざわざ痛み消しを施す気にもなれぬ。 大人しく去るがいい」 「つれないなぁ……一緒に冒険した仲じゃないか」 「長い間寝食を共にしたおぬしだからこそ、わたしが冷たい女であることを、とくとわかっていよう」 心の中で、もう一度繰り返す。 情に駆られて判断を見誤るくらいなら、わたしは冷たい女で構わない──と。 ふっ、と鼻から息を抜き、ジュディオは下に目を落とした。 落とした先には、食いかけの氷菓子。 幾分溶けた果汁が、グラスの底に赤く溜まっている。 程なくして再び向けられた彼の眼光は、わたしをたじろがせるほどに強かった。 「ああ、俺はわかっているよ。 氷の魔術師レイムールが、決して冷たい女じゃないことをな」 「……なに?」 「では当ててやろうか? お前はむざむざ死にに行く弱き人間達を、見るに耐えかねたのだろう? 的確な理論でさえ止められなかった熱い想いを、悲痛な心で見守ってきたのだろう? だからお前は氷菓子屋になった。 止められぬのなら、せめて束の間、涼やかな安らぎを与えてやれる存在になろうと、な」 「な、何を言うかジュディオ、わたしは……」 「お前は冷たくなんかないよ、レイ。 ただ感情を面に表すのが不得意なだけだ。 ずっとお前をそばで見てきた俺だからこそわかるんだよ」 強い目力に圧されて、視界に映る景色が揺らいだ。 忘れかけていた、胸が締め付けられる感覚。 この男は、昔からそうだ。 こうやって、いつもわたしを心配させて。 振り回して。 焦らせて。 困惑させて。 「なぁ、レイ。 俺は何も死にに行こうというんじゃないんだ。 俺はな、もう一度、剣士としての人生を“生き”に行くのさ。 騒ぎたてるこの血潮を、年のせいにして抑え続けるのも楽じゃないのだよ。 なぁに、膝さえ動けば、まだまだそこいらの若造に負けん自信はあるさ。 お前ならわかるだろ? 冒険を無くした人生に、なんの意義があるというんだね?」 全くこの男ときたら…… だから情に駆られるのは嫌なのだ。 こんな熱い眼差しに、いつもこうやって分厚い氷を溶かされてしまうのだから…… .
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!