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いきなり何を言い出すかと思えば、この男。
身の程知らずの愚か者の中でも、最たるものではないか。
ミスールの谷のドラゴンの噂は、わたしもとうに聞き及んでいた。
ヒースの街から東へ渡る街道を、遮る形で現れた漆黒の龍。
すっかり物流の滞ったヒースは、困窮と疲弊をじわじわと蔓延させているらしい。
多くの名だたる冒険者たちがそれに挑むも、未だ生きて帰った者はいないという強敵だ。
こんな生い先も長くないであろう老人が、むざむざ龍に餌をくれに行こうというのだから、つくづく開いた口が塞がらない。
「どうしても……ダメか?」
「無論だ」
「ダメと言われて、俺が引くとでも?」
「行きたいならば勝手に行くがいい。
だがわたしは、そう何度も馬鹿の相手をしてやるほどお人好しではない。
どうせ失う命に、わざわざ痛み消しを施す気にもなれぬ。
大人しく去るがいい」
「つれないなぁ……一緒に冒険した仲じゃないか」
「長い間寝食を共にしたおぬしだからこそ、わたしが冷たい女であることを、とくとわかっていよう」
心の中で、もう一度繰り返す。
情に駆られて判断を見誤るくらいなら、わたしは冷たい女で構わない──と。
ふっ、と鼻から息を抜き、ジュディオは下に目を落とした。
落とした先には、食いかけの氷菓子。
幾分溶けた果汁が、グラスの底に赤く溜まっている。
程なくして再び向けられた彼の眼光は、わたしをたじろがせるほどに強かった。
「ああ、俺はわかっているよ。
氷の魔術師レイムールが、決して冷たい女じゃないことをな」
「……なに?」
「では当ててやろうか?
お前はむざむざ死にに行く弱き人間達を、見るに耐えかねたのだろう?
的確な理論でさえ止められなかった熱い想いを、悲痛な心で見守ってきたのだろう?
だからお前は氷菓子屋になった。
止められぬのなら、せめて束の間、涼やかな安らぎを与えてやれる存在になろうと、な」
「な、何を言うかジュディオ、わたしは……」
「お前は冷たくなんかないよ、レイ。
ただ感情を面に表すのが不得意なだけだ。
ずっとお前をそばで見てきた俺だからこそわかるんだよ」
強い目力に圧されて、視界に映る景色が揺らいだ。
忘れかけていた、胸が締め付けられる感覚。
この男は、昔からそうだ。
こうやって、いつもわたしを心配させて。
振り回して。
焦らせて。
困惑させて。
「なぁ、レイ。
俺は何も死にに行こうというんじゃないんだ。
俺はな、もう一度、剣士としての人生を“生き”に行くのさ。
騒ぎたてるこの血潮を、年のせいにして抑え続けるのも楽じゃないのだよ。
なぁに、膝さえ動けば、まだまだそこいらの若造に負けん自信はあるさ。
お前ならわかるだろ?
冒険を無くした人生に、なんの意義があるというんだね?」
全くこの男ときたら……
だから情に駆られるのは嫌なのだ。
こんな熱い眼差しに、いつもこうやって分厚い氷を溶かされてしまうのだから……
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