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サユリは、朝のルーチンワークを開始する事にした。
身なりを整え、髪を梳かす。
鏡に映る自身の顔を確認する。
血色は良いようだった。
ユウイチは、実年齢より少し幼い顔立ちだと言う。サユリを美しいと表現した事はなく、可愛いと褒めるのだから、おそらくそうなのだろう。
サユリにとって、顔の『美しい』と『可愛い』の使い分けは、難しい。
よく分からない。
そういう時はいつも、目を細めて笑顔を作りつつ、眉を寄せて困ったような顔をする。
いつの間にかそんな処世術を身につけてしまっていた。
掃除、洗濯、庭の手入れ。それと料理……
時間配分を逆算し、手際良く家事をこなすのは得意だった。
むしろ、時間的に余裕を持て余して暇になる。
そんな時、サユリは決まってリクライニングチェアに揺られながら外の景色を眺めて過ごす。
ウッドデッキには、番の雀が仲良く餌を求めてやってくる。
緩やかにたなびく白いシーツ。
その向こうに見える山々。
山の向こう側には海と、ユウイチの務める職場がある。
そう聞いていた。
ユウイチの帰りを待ちながら、雀が自由に飛んだり跳ねたりしているのを見ていると、ふと思う。
サユリ自身の行動には、いつの間にか制限がかかっている。
かなり前から……
急な動作や走る事ができない。
その事をユウイチに話した事がある。
すると彼は歯切れ悪そうに、『心に問題がある』と答えるのだ。
しかしサユリは、今まで医者に診てもらった経験は一度も無い。
心の病と断定する根拠は無く、かといって否定する事もまた出来ない。
理由はいくつも考えられたが、証明は難しい。
堂々巡り……パラドクスだ。
そして結局、サユリにとってそんな事はどうでもいい事だと結論づける。
洗濯物を取り込み、彼の為に何を成すべきかさえ考えればいい。
『心って……』
不意に呼ばれた気がした。
時刻表記が一つ繰り上がる。
定刻だ。戻らないとならない。
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