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「さあ、アヤメ姫。よくよくご覧になって。あれがあなたの愛しい想い人の、真実の姿よ」
ラミナに連れられて魔界に入ったアヤメは、魔王城の謁見の間の奥で静かに控えていた。ラミナは魔界に詳しいらしく、すいすいと飛ぶように移動し、その結果、行方を見失ったガマニエルたちよりも先に到着したのだった。ほどなくして、謁見の間にガマニエルとマーカスがやって来た。両腕に姉姫たちがぶら下がっている。
『約束通り、生涯を共にしようという者を連れてきた。呪いを解いてもらおうか』
やはりガマニエル様はアヤメではなく、姉姫たちを選んだのだ。その親密そうな姿に言葉もない。美しいお姉さまたちに言い寄られたら当然のことだわ。そもそも、気高く堂々として凛々しく力強い最高の皇子様であるガマニエル様には、姉姫たちのような美しい花嫁がふさわしい。厄介払いで押し付けられた自分ではなく。
麗しく美しいお姉さま。なに不自由なく。なんでも手にすることが許される2人。唯一、私を受け入れて下さった愛しい旦那さまも、お姉さま方を選んで行ってしまった、…
アヤメは現実を受け入れるために、しっかり目に焼き付けようと思った。それでもやはり、凛々しく誇り高い最愛の旦那さまの姿を。
しかし。
「あの、ラミナさん。これは一体どういうことでしょうか?」
それが何やら揉めている。
姉姫たちが奇妙な魔草に吊られたり、ゴツゴツしたゴブリンたちと争ったり。挙句、呪いを解くためには、美女の腸が必要とか、…??
「カレイル王国のガマニエルことガマニエル・ドゥ・ニコラス・シャルル皇子は、月も太陽も魅了する誉れ高き美貌の持ち主。でも、ある時、魔王妃ラミナに手を出して、魔王ドーデモードの逆鱗に触れ、自身と国に呪いをかけられた。奴は呪いで世界一醜い化け物になったのよ」
淡々とラミナが答える。
今更だけど旦那様、名前長い。カッコいい。…ってそこじゃなく!
…ラミナ? 魔王妃ラミナ、…?
「ラミナさん、それじゃああなたは、…!?」
そういえば、ラミナさんは魔界に異様に詳しかった、…!!
相当な鈍さで真相を認識したアヤメに、隣にたたずんでいた絶世の美女が目を向けた。一瞬、洞窟内で感じたのと同じ。異様なまでの妖気が漂う。アヤメを見る目は赤く染まり、轟々と怨恨の炎が燃えている。
「この私に靡かないなんて。月皇子など、魔界地獄の業火で焼かれるがいい」
ラミナさんが魔王妃ラミナで、旦那さまが美貌の持ち主!?
にわかには信じられない現実にアヤメは言葉を失った。
「…あ。決してガマニエル様の美貌が信じられないとかじゃないです。旦那様は今も最高に素敵です。呪いが信じられないだけです」
「…あんた。一体、誰に言い訳してるのよ? ていうか、めちゃくちゃ雄弁じゃないの」
魔王妃の本性を現したラミナに突っ込みを入れられている場合ではない。
にわかには信じ難い話だが、確かにガマニエルは生贄を差し出して呪いを解こうとしているようだ。
では、旦那様は生贄を求めて妻を娶ったのだ。それでもやはり不細工な自分では役に立てなかったのか。ガマニエル様が苦痛から逃れられるなら、この身はどうなってもいいのに。魔王が求めているのは、美しい腸だから、…
いやでも待って。腸ならこの私でももはやそれほど醜くないのでは?
そもそも美しい腸とはどんな? カーブの度合いがたまらないとか?? ぐにゃぐにゃ具合が芸術的とか??
厳密には誰も美しい腸などとは一言も言っていないのだが、成り行きでアヤメが真剣に思い悩んでいるうちに、ガマニエルがドーデモードに煽られ、魔王剣をその手に取った。なにやら目が据わっている。しかも剣を大きく振りかぶっている。姉姫たちの罵り合いと悲鳴が響く。
乳酸菌が多ければ意外といけるのでは、…っ
アヤメは脳内の腸論議に無理やり決着をつけると、考えるよりも早く、ガマニエルが振り下ろした魔王剣めがけて飛び出した。
姉姫たちを助けるためではない。
アヤメの愛しの旦那様であるガマニエルは、先ほど強力な妖力を放った魔王剣を、自らの心臓に向けていたのだから。
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