gama3.月皇子の苦悩

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お、…俺のヨメが可愛い、…っ!! ガマニエル・ドゥ・ニコラス・シャルルは、悶絶していた。 夜の帳が下りてから、静まり返った王城を厳しい表情で闊歩し、居室の前で部下と別れてドアを開け、部屋に足を踏み入れた。妻を起こさぬようそっとベットに近づいて、…よろめいた。 …は? 反射的に踵を返し、顔を押さえる。じわじわと熱が上がるのを感じ、何だか足の力が抜けて思わずへたり込んだ。 え、待て。ちょっと、待て。 娶ったばかりの妻が寝ている。それはいい。それは普通だ。ここは夫婦の居室であり、夫婦のベッドなのだから。 が、しかし。 胸が激しく鳴り過ぎて苦しい。脈拍がすごいことになっている。 落ち着け、俺。 ガマニエルは暴れる心臓をなだめてもう一度ゆっくり振り返り、そこに映った光景に慌てて視線を逸らせた。 ちょっと、待てって!! 瞬時に鼓動が跳ね上がる。 妻が。俺の妻が。 …裸エプロンで寝てるんだがっ!? 顔に熱が集まるのが分かった。 多分、今のガマニエルは周囲に心配をかけるほど赤いだろう。 誰もいなくて良かった。 赤面しながら巨体を震わせてしゃがみ込むガマカエルの化け物なんて、絶対誰も見たくない。夢に出る。悪夢だ。悪夢でしかない。 なんでこんな、… アヤメの身につけている白いエプロンは裾が捲れて、赤い腹巻きらしきものがチラリとのぞいていた。 可愛すぎかっ 冷えを心配しながらの裸エプロンって、なんの健気さだよ!! 腹巻きとか、素直過ぎるだろう!? 端から見たら恐怖でしかないのは分かっているが、不気味な巨体を震わせて悶えてしまう。今なら気持ち悪さの相乗効果でどんな相手でも打ちのめす自信がある。 なんてことだ。 俺のヨメが、可愛過ぎて無理―――――っ!! ボッチャリ国から嫁いできたアヤメ姫は、何もかもがガマニエルの予想を超えていた。 まず、ガマニエルを見ても逃げ出さなかった。悲鳴も上げず、失神もしなかった。若干驚いた様子ではあったけれど、何の誤魔化しもなく、真っ直ぐにガマニエルを見つめてきた。敬意を込めて。その澄んだ瞳の中に、恐れも侮蔑も嫌悪も見えなかった。 この醜い化け物の姿になってから、ガマニエルを正面切って見る者は少ない。父王、母王妃でさえ、痛々しそうな顔をして目を逸らす。部下たちも蛙国民も、視線の中に同情と嫌悪が混在する。ガマニエルは極力人と会うことを避けた。自らの姿を映すことのない暗い地下に閉じこもった。月皇子は死んだ。蛙国は呪われている。 ガマニエルに嫁ぐ者が見つかったという知らせに蛙国は沸き立った。 国王はすぐに迎えに行きたがったが、焦って逃げられては困るので、森の半ばを過ぎるまで使いを遣るのを我慢した。何はともあれ無事に嫁がやってきた。国中大喜びの祝宴が終わった。 呪いが解けるのはいつだ? 夫婦の契りを結んだときか? 国中の期待をひしひしと感じた。全国民が俺とアヤメに注目している。俺は責務を果たさなければならない。 いや、待て。落ち着け。 この状況で手を出せるわけがないだろう!! 実際、出そうと思えば出せるだろう。多分アヤメは拒まない。 アヤメはガマニエルに嫌悪感を示さなかった。 初対面ではあろうことか、入浴に誘われた。ウエディングドレス姿で寄り添われ、ガマニエルの腕の中で安らかな寝息を立て、触っても嫌がらないばかりか「行かないで」とガマニエルを離さなかった。 あんまり健気なので衝動のまま撫でているうちに、一緒に眠ってしまって、あの日の朝は本当に焦った。腕の中に小さくて温かいものが丸くなっていて、時々動いてくすぐったいので、思わず引き寄せて唇を、… 誰か、俺を殺してくれ。 蛙の化け物にキスされたら普通に死にたくなるだろう! というか。殺すために連れてきたんだろう! こんなはずではなかった。 すぐに逃げ出すと思っていた。そこを捕まえて北の魔界に連れていくつもりだった。人間なんてみんな見たいものしか見ない。うわべの美しさに囚われる愚かな生き物だ。だから、気の毒だけれど、ガマニエルを見て逃げたら、その時に、… なのに、逃げないばかりか寄って来る。一体俺にどうしろというのか。 このままではまずい。一刻も早く魔界に連れていくべきだ。分かっている。情けなどかけてはならない。親密になってはならない。手を出すなんてもっての外だ。 ガマニエルは頭を抱え、恐る恐る目の端っこでベッドを盗み見た。 このまま放っておくことは出来ない。妻は布団をかけていない。風邪でもひいたらどうするんだ? そりゃあ俺が看病するけど。看病って何だ。お粥を食べさせたりするやつか。抱え起こして湯気を冷まして、口開けろとか言って、あーんとか言って、もしくは口移しで薬を飲ませてやったりとか、… ガマニエルはリアルに自分の醜い横っ面をぶん殴った。 死ね、俺。 「…、ンナ、さま?」 その振動が伝わったのか、ベッドの上に横たわる裸エプロンのアヤメがもぞもぞ動き、まつ毛が揺れて薄っすらと開かれた目と目が合った。 …詰んだ。
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