316人が本棚に入れています
本棚に追加
絶世の美女と呼び名の高い、ボッチャリ国の第一皇女と第二皇女。
気高く美しい長女アマリリスは金の国、可憐でたおやかな次女アネモネは銀の国の、これまた比類なき美男子と噂される王子たちから求愛され、豪奢に着飾り、沢山のお供を連れて嫁いでいった。
その姉たちが第三皇女アヤメのご機嫌伺いに蛙国へやって来るという。
「グロガマガエルの全貌を見て、姫さまを笑いものにする気ですわ」
長女と次女の腹黒さを知るばあやは憤り、
「追い返してしまえばよろしいのです! ねっ、ガラコス、ルキオっ」
と息巻いている。
「グロガマガエル、て」「ばあや、率直」
ガラコスとルキオは多くの蛙国民同様、この事態に動揺を隠し切れずにいた。
妖怪国と恐れられるようになってから、蛙国を訪れる者は少ない。というか、ほとんど誰も近づかない。蛙獣人姿を見て多くの人は嫌悪感を露わにし、逃げ出すのだ。金の王子も銀の王子も例外ではないだろう。
しかし、王と王妃は困惑しつつも、外交復活のためのビジネスチャンスと見ていた。蛙国は自給自足、戦乱も起こらず平和そのもので外交なくしても滅びはしないが、井の中の蛙は大海を知った方がいい。王は金と銀の来訪者を温和に迎え入れるよう指示を下した。国中が来訪者を迎える準備に勤しんでいる。
そんな中、ガマニエルは苦渋の選択を迫られていた。
なんで迎え入れるかな!?
ガマニエルはこの件に関してはばあやに同感だった。
蛙獣人の姿は人間に嫌悪感を抱かせるが、その最たる俺の姿を見たら、嫌悪感だけでは済まない。そんな奴の嫁になったアヤメは憐れまれ、蔑まれる。アヤメにそんな思いはさせたくない。
森で脅して追い返すか。奴らが帰るまで地下に閉じこもるか。二つに一つ。どっちにしてもアヤメは悲しむだろうな。アヤメの柔らかくて温かい感触を思い出す。首筋に触れた健気なキス。この俺に、この不気味な化け物に。
アヤメを想うと胸が痛い。
それでも、嗤われるよりはマシだろう。
そんなガマニエルの葛藤など全く知らずに、アヤメは浮かれていた。
「お姉さまたちもこの素晴らしい国を見ればきっと気に入りますわ」
幸せ真っただ中で、頭の中はお花畑状態である。
「ありがとう、ばあや。風習の力は偉大ね。ばあやのおかげで、昨夜は旦那様が一緒に寝て下さったわ。とってもお優しかったわ!」
「優しかったって、何が、…」
ばあやは上機嫌の姫さまに問いかけて、激しく前言を制した。
「あ、いえ、やっぱり聞きたくないです」
が、時は既に遅かった。
「まあ、遠慮しなくていいのよ、ばあや。あのね、昨日は旦那様が私をベッドまで抱き上げて運んでくださって、その温かい胸にきつく抱きしめて下さったの。旦那様をすごく近くに感じて、その体温が心地良くて、私、思わず首筋に、…」
「スト―――ップっ!! ちょっと、黙ってえええ!!」
蛙よりもゲロゲロした気分になって、ばあやは思わず声を荒げた。
「まあ、ばあやったら、初心ね。ここからがいいところなのに」
ウフフと姫さまが艶っぽい笑顔を見せ、ばあやはますますゲロゲロ気分が募ったが、そこは大人しく口をつぐんだ。
初心なのは姫さまだけですがな。
と、思いつつ、内心悶々とする。
しっかし、あのエロ蛙め、どの面下げて姫さまに、…っ!!
って、姫さまが詳細に語るから、いやが上にもリアルに想像できて気色悪い。ああ、ばあやの大事な姫さまが化けガエルに穢されてしまった。ああ、せめてもうちょっと絵になってくれたら良かったのに。想像の世界ってビジュアルがものを言うんだよなあ、…
姫さまの幸せそうな初めての営みを聞く余裕もなく、自らの想像力を修正する術もなく、翌日には金銀御一行様が蛙国にやってきた。
薄暗い蛙国のそこだけ光が射したような、キンキラ輝く金色づくめの金の王子とその新妻。アヤメの長姉アマリリスは、金色に輝く馬車の中で金色に輝くドレスを身に纏い、金色に輝く夫とはす向かいに腰を下ろしながら、その瞬間を今か今かと待っていた。
じめじめした蛙国のそこだけ趣漂うような、しろがね輝く銀色尽くしの銀の王子とその新妻。アヤメの次姉アネモネもまた、銀色溢れる馬車の中で銀色輝くドレスに包まれ、銀のティーカップで銀に輝く夫とお茶を嗜みながら、その瞬間が訪れるのに心躍らせていた。
そう、彼女たちの末妹のぶざまな有様を見る瞬間。
不器量で不器用な末妹は大抵理不尽な目に遭っている。同じ姉妹にしてこの格差。その格差こそが、姉姫たちのプライドを満たした。不遇な妹を見ることで、いかに自分が美しく、愛され、恵まれ、尊ばれているかを実感できるのだ。
その意味で、ボッチャリ国を出て嫁いでからというもの、どうにも心が満たされなかった。この上ない贅沢も賛辞も言いなりな夫も、彼女たちを満足させるには足りなかったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!