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gama5.棚からぼた餅/渡に船
「よっしゃー! 水晶ゲットー!」
「さすが、ばあや。とっても速い上に見事な水晶だわ」
昼咲きの睡蓮がまだちらほら花をつけている池に、いい年をした大人が揃って四つん這いになり、根元にある水晶探しゲームに躍起になっていた。蛙国王、王妃はもとより、金色王子も銀色王子も膝まで泥水に浸かり、アヤメとばあやもガラコス、ルキオと共に水晶探しを楽しんでいる。
「なかなかありませんわ、お姉様」
「もっと腰を落とした方が見つかるわよ、アネモネ」
「せっかくですから最高級の水晶をゲットしましょう」
「合点承知の助っ」
「…誰?」
見つけた水晶は土産に持って帰って良いという太っ腹な国王のお達しで、アマリリスとアネモネもドレスをたくし上げて参加することにした。
これは2人の周到な作戦なのだ。
奴らを油断させるのだ。醜い王太子に興味などないふりをして、仲良しゲームに参加する。そして、はしゃいで疲れてみんな寝入った夜に。作戦決行。
邪魔者が寝静まった王城で醜悪蛙のガマ王子を探し出し、その醜い面をこの目に焼き付けてアヤメを嘲笑ってやる! OK、アネモネ? roger、お姉様! 姉姫たちの作戦は完璧だ。
「ところで、アヤメ。結婚生活や旦那様に困ってることはない? 結婚したばかりですもの、いろいろあるでしょう?」
「私たち、3人きりの姉妹じゃない? こんな事相談できるのお互いだけだわ」
「そうよそうよ。何でも言い合える私たちの仲じゃない」
キラキラ輝く青透明の水晶を手にしたばあやを尻圧で跳ね飛ばし、アマリリスとアネモネがアヤメのもとに擦り寄ってきた。細い腰ながらケツ圧が高いのは内に秘めた底意地の悪さの賜物だろう、とよろけて泥に突っ込みながらばあやは思ったが、目先の不幸ネタが欲しい姉姫たちは泥まみれのばあさんなどどうでもいい。
ふん、邪魔よ。不幸ネタより旨い肴はないのよ。
そうよ。アヤメの不幸は蜜の味。テンション上がる~。
姉姫たちは目と目で通じ合ってこっそり笑みをかわす。
「困ってること、…ですか?」
きょとん顔のアヤメ。
まあなんて白々しい。無邪気ぶってないでさっさと不満を吐き出しなさいな。どうせ山ほどあるんでしょうが。相手は何から何まで全てがおぞましい化け物なんだから。
「そうよ? 旦那様のことで悩みがあるなら、何でも相談に乗るわよ?」
姉姫たちがにっこりと親切の仮面を貼り付けると、
「…あ。そういえば、ちょっとお聞きしたいことがありました」
アヤメが何やらネタを披露し始めたので、姉姫たちはわくわく気分が抑えきれず、自然と前のめりになった。
さあ、お言いなさい。かの化け物にどんなおぞましいことを強要されているの!?
「…旦那様が素敵すぎてキスをしたいのですけれど、自分からしても良いものでしょうか?」
「はあああ―――んっ!?」
「キスう~~~!?」
おめーの浮かれたチュー話なんて聞いてねーんだよっ
期待した分拍子抜けしたが、乗り出した体勢は元に戻らず、アマリリスとアネモネは、勢い余って蓮池に突っ込んだ。
「きゃあ、お姉様! 大丈夫ですか!?」
煌びやかこの上ない金のアマリリスは頭からドロドロ。華奢なたおやめ銀のアネモネはガニ股でドロンコ。
アヤメの奴、絶対目にもの見せてやる―――――っ
歯ぎしりしながらそれぞれの伴侶に助け起こされて、急遽王城内の浴場に連れられて行った姉姫たちを見て、ばあやは笑いをかみ殺すのに苦労した。これを自業自得というのですわ。
「姫さま。姉姫さまたちのはしゃぎっぷり、半端ありませんわね」
あーウケる。
「そう? お怪我なさってなければいいのだけれど」
アヤメは純粋に姉姫たちの容態を心配しながらも、確かに、今まで以上にフレンドリーだったなと思った。お姉様たち、きっとご結婚されて幸せなんだわ。
アヤメはにっこり微笑んだ。
「アヤメ、この水晶やる」「アヤメにやる」
「まあ、綺麗。ありがとう、旦那様にお見せするわね」
水晶探しゲームは好評のうちに幕を閉じ、再び催された酒宴もたけなわのうちにお開きになって、ようやくアマリリスとアネモネが待ち焦がれた夜になった。
「お姉さま、お姉様ってば、起きてっ」
「…あ? あら? 私、眠ってないわよ」
「いいえ、ぐっすりでしたわ」
「それはきっと、蓮湯のせいよ。私のせいじゃないわ」
ぶつぶつ言いながらアマリリスが起き出した。全くお姉様ってば、と思いながら、アネモネもさっきまで爆睡だったことは伏せておく。思いがけず昼間泥んこ遊びに楽しく興じてしまい、蓮の花が浮かべられた香り高く滑らかなお湯にたゆたって、美味しい料理に美味しいお酒を堪能したら、イイ感じに身体がほぐれてベッドに入るなり即寝入ってしまったのだ。
「お姉さま、ご準備はよろしくて」
「もちろん、抜かりはないわ」
どうやら姉も同じだったらしい。抜かりだらけやん、とは言わずにおく。
姉姫たちはイイ感じに泥酔しているそれぞれの夫を置き去りに、部屋をこっそり抜け出した。
ああ、一体どこに隠れているのかしら。醜い化け物は。
人前に出てこれないって、どんだけ醜いの? おぞましいの? かわいそうなアヤメ!
月明かりを頼りに広い王城をわくわくと探し回り、肝試しの勢いで、暗がりも古びた部屋も楽しみながら回った姉姫たちは、深夜を過ぎたころ、広い庭園の外れにあるレンガ造りの塔に行き着いた。
「いかにもだわ」「雰囲気あり過ぎ」「間違いないわ」
姉姫たちは勇んで塔に忍び込み、足音を立てないように螺旋階段を登ってみたが、どこにも化け物の姿はない。
歩き回り過ぎて足は痛いし、背中や腰も結構しんどく、どこにいるんじゃ、はよ出てこい、と理不尽な怒りが込み上げてきた時、
「お姉さま、見て!」
アネモネが地下に通じる扉を見つけた。姉妹は頷き合って真っ暗闇の地下階段を手探りで降りる。行き着いた先には隠し部屋とも思える重厚な扉が待ち受けていた。
姉姫たちのこれまでの疲れは一気に吹き飛び、目と目を見合わせて扉に張り付き、擦りガラスからそっと中を覗き見ると、
「何にも見えないわ」「そりゃあまあ、暗いからね」
暗くて何も見えなかった。
でも確かに、何らかの気配を感じた。多分、絶対、妖怪王子はここにいる! と野生の感が告げている。
諦め切れずにそのままつま先立ちでしばらく目を凝らしていると、ふと、天窓らしきところから気まぐれな月明かりが差し込み、ほんの一瞬だけ、隠し部屋の中を照らした。
アマリリスは驚愕のあまり息を呑んで硬直し、アネモネは全身が震えて思わずその場にへたり込んだ。
なんて、…ああ、なんて、…っ
今宵は満月。最大の月の魔力。
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