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美しい! 美し過ぎる!!
美し過ぎて魂が抜ける!!
満月に照らされた地下室の中、アマリリスとアネモネの目に映ったのは、この世のものとは思えないような艶やかに煌めいて麗しい男性の姿だった。
絹糸のように艶やかな月色の髪。象牙のように透き通った肌。高く通った鼻筋。
海より深く澄んだ藍色の瞳。長くしなやかに伸びた手足。すらりと引き締まった身体。
月の煌めく美男子。神の申し子。美の化身。You're too beautiful!!
アマリリスとアネモネが神々しいまでの美しさに魂を抜かれていると、
「…誰だ?」
中に居た男性が物音に気づいたらしく、扉に近づいてくる気配がした。
月は既に隠れており、その姿はもう闇の中だが、ほのかに漂う高貴な香りが美の余韻を伝えてくる。低く雄々しい声音もうっとりするほど麗しい。
好き! 愛してる! 抱いてっ!!
一瞬にして、アマリリスのハートは射抜かれ、アネモネの脳味噌は吹っ飛び、2人の理性はピンク色に蕩けて、骨の髄まで虜になった。
「このように押し掛けて、申し訳もございません!」
鈍い音を立てて開いた扉の前で、アマリリスとアネモネは床に這いつくばり、低く低くひれ伏した。
「決してあなた様のお邪魔をするつもりはございませんでした」
「お許しくださいませ。お許しくださいませ」
なんだ、こいつら。
暗い塔の地下室で、ガマニエルは拍子抜けしていた。ドア前に変な女が二人で這いつくばっている。
ガマニエルは一日中、この離れの塔に閉じこもっていたので、正直鬱々としていた。アヤメが足りない。このところ、連日アヤメを抱いて寝ており、その柔らかな愛おしさに慣れてしまった。物足りない。本当は早くこんなところから出て、アヤメに触りたい。
と、思っていたところに物音がして、アヤメが来たのかと一瞬期待してしまったのだ。アヤメも俺が居なくて眠れないのか、と。
しかし、居たのは知らない女たち。
ガマニエルは蛙だけに夜目が効くので、暗闇でも相手の姿が見て取れる。人間の女、…ってことは、今この国に来ているアヤメの姉姫たちか。はっきり言って、どうでもいい。
「静養なさっていると伺い、一目お見舞いに参ったのです」
「私ども、あなた様のためなら何でも致しますわ」
「どうぞ、何なりとお申し付けください」
「この身体、好きになさって構いませんわ」
「ぜひ、私を側女にして下さいませ」
「いえいえ、どうぞこの私を!」
アマリリスとアネモネは平伏しながら、互いに相手を出し抜こうと躍起になっていた。
こんな美しい方、アネモネには勿体ないわ!
お姉様のような腹黒に麗しの殿方は渡さなくてよ!
しかし、その実。
どうにも許せないのは末妹のアヤメだった。
まさかガマ王太子がこんなにも完璧で麗しい男性だったとは、…っ
醜い醜いと散々期待を煽っておいて、実は真っ赤な嘘だったのね。
あまりにも美しくて、誰にも見せたくなかったんだわ。まあ、この美しさなら独り占めしたくなるのも分かるけど。アヤメのくせに私たちを出し抜こうなんて100億万年早くてよ!
大体、アヤメみたいなボンクラがこんな素敵な王子様と結婚するなんて許せないわ。絶対に奪い取ってみせる!
アヤメなんてドブガエルがお似合いよ。キモいガマ獣人と泥沼で一生ゲコゲコ鳴いていればいいのよ!
姉姫たちが不満と怒りで内心真っ黒になっていると、美声が降りてきた。
「…お前たちは、俺の妾になりたいのか?」
「「はいっ、王太子様っ!!」」
来た来た来た~~~っ
アマリリスとアネモネは胸の内で快哉を叫んだ。
この美しくて聡明な私たちを差し置いて、あの薄汚れたボンクラを選ぶ人なんていないのよ。誰だって芋な妹より美人の姉の方がいいのよ。
あいつは一生私たちの引き立て役よ!
姉姫たちはガマニエルが自分たちに目を向けた喜びに打ち震えていた。ざまあないわね、アヤメっ
…なるほどな。
ガマニエルは歓喜に震える浅はかな姉たちを見て、だいたいのところを察していた。
この姉たちはアヤメを嘲笑うためにわざわざ俺を探しに来て、月明かりの幻影を垣間見たのか。
くだらない。とっとと帰れよ。
というのがガマニエルの率直な感想で、
散れ。消えな。と喉まで出かかったが、寸前で思い止まった。
「どうかどうか私をお側に置いて下さい」
「アヤメよりも絶対に満足させる自信があります」
「あなた様のためなら命さえ惜しくはありません」
「妻にして頂けるなら、喜んでこの身を投げ出しますわ」
…待てよ。
大変好都合な考えが閃いてしまったからだ。
これは、もしかして、棚からぼた餅、とかいうやつじゃないか? こいつら今、俺の女にしたら死んでもいいって言わなかったか?
これぞ、渡に船っつーか、とんでもラッキーな状態じゃね?
「本当に俺のために命を捨てられるのか?」
「もちろんですっ!」
ガマニエルの問いに姉妹は勇んで答えた。
「…北の魔王に会うことも厭わないか?」
「ガマニエル様のためなら、いつでも、どこにでも喜んでお供いたしますわ!」
…マジか。
「そうか。それなら考えよう」
「ありがとうございます! ありがとうございますっ!」
床に擦り切れんばかりに頭を下げて感涙に咽び泣く姉姫たち。
よっしゃ、ラッキーっ!!
と、その場に集った三者はともに、内心では勝利の雄叫びをあげていた。
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