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gama6.北の魔王の巣窟へ
「つまりは、魔王に課せられた愛の試練を乗り越えるために、側室を連れて北へ行かねばならない、と」
蛙国の国王が、混乱と動揺にとっ散らかった状況を無理やりざっくりとまとめた。
「そうです。この国にかけられた呪いを解くために、金と銀の姫君たちのご協力が必要なのです。身勝手な願いではありますが、どうかお力を貸してください」
アヤメを腕に抱いたまま、ガマニエルが金の王子ドゴールと銀の王子シルバンに頭を下げると、王子たちはガマ妖怪のおどろおどろしさに慄きながらも、少しだけ自分を取り戻した。
なるほど、愛の試練。
つまり、妻たちの心変わりは北の魔王ドーデモードがかけた呪いのせいで、一夜にして世界の美醜基準が変わったわけでも、自分たちが目の前の化け物より劣っているわけでもないのだ。
良かった。さすがにこの怪物に負けたのなら男の沽券にかかわるが、魔王の呪いから妻の愛を取り戻したとなれば、有能さが実証される上に勇者の名声も手に入る。一石二鳥。オレら完璧。
「分かりました。我々も北にお供しましょう」
僕たちの愛が試されている。
図らずも怪物に血迷ってしまった妻を愛の力で救うのが僕らの役目。
根が単純な王子たちは、若干自分に酔っていた。
加えて、未だかつてない冒険の旅を目の前に、わくわくしてもいた。ドゴールもシルバンも、やれキンキラ王子だのギンギラ王子だのともてはやされ、何不自由なく生きてきた。金も銀も腐るほどあって、大陸で評判の美人妻も手に入れた。はっきり言って何もかもが楽勝すぎて、実は刺激に飢えていたのだ。
「では、早速出かけましょう。ガマニエル様」
アマリリスとアネモネが左右からガマニエルの腕に手を絡めて、甘えた声で自分たちの方に引き寄せる。
「いやいや、君たちの主君は私たちですよ」
その脇にドゴールとシルバンが寄り添い、さり気に咎めたが、月皇子の魅力の虜になっている姉姫たちは見向きもしなかった。
まあ。困難が多い方が燃えるというものだ。
ドゴールとシルバンは真の愛情を持つ者だけが分かるシンパシーを互いに感じ、目と目を見交わせて頷き合った。決して負け惜しみではない。
「アヤメ。すぐに戻って来るから、いい子で待って、…」
「私も行きます!」
みんな単純で本当に良かったと安堵しながら、ガマニエルがアヤメを降ろそうとすると、アヤメはガマニエルにしがみ付いたまま、ガマニエルの言葉を遮って叫んだ。
「え、…」
「ガマニエル様は、わ、私の旦那様です。試練に立ち向かうなら、側室のお姉様ではなく、私をご一緒させて下さい」
目に涙を溜めたまま、真っすぐにガマニエルを見つめて、きっぱりと言い切る。
「えー、アヤメのくせに生意気じゃな~い?」
「そうよ、身の程をわきまえなさいよ」
即座に左右からブーイングが飛ぶが、アヤメはひるまなかった。
決意を固めたような顔をしてガマニエルをじっと見ている。
え、なにそれ。嬉しいけど。嬉しいけどな?
アヤメには安全な国で待っていてもらって、生贄を邪悪な魔王にサクッと渡して帰ってこようと思っていたガマニエルはたちまち慌てた。
「あ、…いや、でも。俺は、お前のために、…」
いやいやだって。ちょっと待て。
アヤメを連れていったら元も子もなくなるだろ?
大事なアヤメを魔王ドーデモードに近づけるわけにはいかない、と口を開きかけて、こちらを見つめる金銀王子に次いで棚ぼたな生贄たちとも目が合った。さすがに生贄にするんだからどうでもいい奴を連れていく、という本当のことは言いにくい。いや、俺だってちょっとは悪いと思っているし。
「そうですわ、姫さま! 苦楽を共にしてこそ本当の夫婦というものです」
口をつぐんだガマニエルに追い打ちをかけるようにばあやの加勢が入る。ばあやはここぞとばかりに姉姫たちを向いて胸を反らせて見せた。当然自分もついて行くつもりらしい。
いいからちょっと黙っとけって!
と、言いたいけど言えない。どうして敢えて側室を連れていくのかという、的確な突込みがまさかのアヤメから入って、困る。
「…ああ、まあ。いや、…うん」
どうにもできずに歯切れ悪くガマニエルが頷くと、アヤメは涙を浮かべたまま微笑んだ。
クソ―――、可愛い―――
もういっそ、みんな帰ってくれないかな。このままめでたしめでたしでよくね?
思わずガマニエルはアヤメをもう一度抱きしめた。
これってつまりは、嫉妬だよな? 俺を生贄に取られたくないって言う。
ああもう、妬いてんのとか、マジで可愛過ぎて無理なんだけどっ!!
グロテスクなガマガエルの化け物としみったれた末妹がイチャイチャしているのを見て、姉姫たちは歯噛みしていた。もはや月皇子の片鱗もないただのグロい蛙姿なのだが、なぜか悔しさが込み上げる。
アヤメのくせにガマニエル様の御心を掴んでるなんて許せないわ。
そう言えば、キスしたとか言ってたわね?
アヤメごときのキスでいいなら、私とだったら完全に溺れちゃうじゃないの。
あらやだ、お姉様より私の方が。具合が良いと殿方からも評判ですのよ。
はあ? アンタなんてそこいらの石に毛が生えた程度の性技しかないくせに。
あーらあらあらそんなこと言って後で吠え面かきますわよ。私の秘技でガマ様を必ずや満足させてみせますわ。
何ですって!? この性悪ビッチが!
美人で賢く従順なたおやめであるはずの我が妻たちが怖い。
金の王子ドゴールと銀の王子シルバンはそこはかとない悪寒を感じた。見えないビームがバチバチ飛び交っている。妻たちの見てはいけない一面を見てしまった。今更だけど、なんか怖い。
魔王の呪いと言えど本当にこの姫たちを妻にして良かったんだろうかと、ギラギラ王子たちは順風満帆な人生で初めての後悔を感じたのだった。
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