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鬱蒼とした森を抜け、乾いた岩と砂ばかりの砂漠を渡り、オアシスの街に辿り着いた時にはすっかり日が落ちていた。
「今夜はここで休もう」
ガマニエルに抱かれたアヤメ。ガラコスとルキオに担がれたばあや。金銀王子とその妻たち、付き人数名を乗せた馬車。旅の一行はそれなりの数になった。蛙獣人は恐ろしく足が速く、また力も強いが、馬車はそれなりのペースでしか進めず、途中休憩も必要になる。休憩のたびに金銀王子がちょこまかと好奇心に任せてどこかに行ってしまい回収が大変だし、姉姫たちは寒いだの暑いだのずっと座っていてお尻が痛いだのと文句ばかりで面倒くさいし、ガマニエルは正直げんなりしていた。
生贄二人を担いで魔界に行き、魔王に投げ与えてさっさと帰ってくるつもりだったのに。
何でこんなことになった?
むっつり押し黙っていると、
「旦那様。空が紫色でとってもきれいですっ」
地面に降ろしたアヤメが腕を伸ばして空を仰ぎ、
「私、オアシスに来たの、初めてなんです。なんだか、新婚旅行みたいですね」
ガマニエルに振り返ってにっこりと笑った。
新・婚・旅・行―――――っ!?
ガマニエルは顔に熱が集まるのを感じた。
そうだ、俺たち結婚してたんだ。
妻と行く初めての外国。未知の土地。ハネムーン。旅先でのアクシデント。いつもは見せない無防備な顔。甘酸っぱい思い出。そして深まる二人の仲。
新婚旅行最高か―――――っ!!
口元が緩む。にやける。ちょっとガッツポーズなどしてみたくなる。
そうだ、そうだよ。
アヤメとずっと一緒にいられるし、どさくさに紛れてずっと抱いていられるし、ドーデモードに急いで会いに行く必要などない。旅を満喫すればいいのだ。ついでにアヤメとの仲も進展すればいいのだ。
…進展、って、どんな? 手を繋いだり、とか?
思わず生唾を飲み込んでしまった。アヤメの小さくて柔らかそうな手が眩しい。どうにも顔が熱く、恐らく真っ赤になっていることだろうが、相変わらず顔色の変化は外部からは全くうかがえない。
頬をぴくぴく引き攣らせているガマニエルを見て、
「…すみません。魔王様の呪いを解きに行くのに、不謹慎でした」
どうやら怒っていると勘違いしたらしいアヤメがちょっとしおれた。
「あ、…いや」
進展を期待したりして不謹慎なのは俺の方だ。お前は特段可愛いだけだ。
と、言いたかったのだが、うまく言えないまま、
「おーじ、お宿!」「宿、見つけた!」
宿を探しに行って帰ってきた蛙獣人の従者、ガラコスとルキオの勢いに遮られた。
「こーらぁっ、ばあやを置いて行くでないっ」
従者の後からばあやが走って追いかけてくる。常々思っていたのだが、アヤメのばあやは驚くほど足腰が丈夫だ。アヤメに向けられる理不尽の数々もその健脚で蹴散らしてきたのだろうと思うと頼もしい。ガマニエルをキモい妖怪と断定しているのを隠しもしないが、ガマニエルはばあやを結構気に入っていた。
「ばあや、遅っ」「鬼さん、こちら」
ガラコスとルキアにすっかり遊ばれているばあやにアヤメが駆け寄って、額から零れる汗を拭ってあげている。
「ばあや、お疲れ様。ありがとう」
アヤメはばあやにとても懐いている。正直ちょっとうらやましい。
「やっと見つかったの? もう、疲れちゃった」
「ねえ、汗でベトベトする。早くお風呂に入りたいわ」
馬車の中が騒がしい。
「ああ、じゃあ一緒に入ろうか」
「嫌よ。夜はガマニエル様と過ごすのよ」
「そうよそうよ。月夜にガマニエル様は最高に輝くんだから」
やはり、早くドーデモードに生贄を引き渡してきた方がいいかもしれない。新婚旅行は二人っきりが良い。
オアシスの宿屋で食事を終え、汗を流してから、それぞれの部屋に引き上げた。部屋割りはもちろん、夫婦ごとに一部屋ずつと付き人部屋一つ。つまり、
「いいお湯でしたね」
狭い部屋に朝までアヤメと二人きり。洗い髪で、いい匂いをさせ、柔らかい布一枚だけを身に着けた、無防備なアヤメと。
「そうだな」
実のところ、一日中アヤメを身近に感じて、身体は進展を待ち望んでいる。
「もう寝るか?」
え。俺、寝れんのか。我慢できるか。
ベッドは、ガマニエルの身体だけでほぼいっぱいになってしまうサイズで、否応なしにピッタリくっつくしかない。
「はい」
アヤメが滑り込んできた。さながら密着状態にて。
進展。…させちゃってもいいですか―――っ!?
ガマニエルが歓喜に沸いてアヤメを抱き寄せた、その時。
「ガマニエル殿、大変ですっ」
「アマリリスとアネモネが攫われましたっ」
金の王子ドゴールと銀の王子シルバンが部屋に飛び込んできた。
てめえら、夫婦の部屋をいきなり開けるな! お約束通りに邪魔してんじゃねえよっ
と叫ばずに済んだのは、腕の中でアヤメが息を呑んだからだった。
「お姉様たちが!?」
「風呂上がりにバーで酒を飲んで、ガマニエル様を襲いに行くんだとか二人で盛り上がっていたのですが、急にやってきた黒ずくめの、…」
「なんか、巨大なトカゲのような集団にあっという間に連れ去られてしまったんです」
ドゴールとシルバンは、捨てられた子猫のように身を寄せ合ってプルプルと震えていた。引率が必要な幼稚園児的王子たちには全く太刀打ちできなかったものと思われる。
「分かった。すぐ行く」
ガマニエルはアヤメをベッドに残して飛び降りると、隣室にいるガラコスとルキオを従えてすぐさま部屋を出て行った。せっかく手に入れた生贄を奪われてはドーデモードに投げ出すものがなくなってしまう。砂漠を荒らしていると噂のトカゲ族なんぞに渡してたまるか。
血相を変えて飛び出していったガマニエルを不安な面持ちで見送るアヤメに、ばあやがそっと寄り添った。
「大丈夫でございますよ、姫さま」
「そうね、ばあや」
頷いたものの、気分は晴れない。
どうか旦那様が無事にお戻りになりますように。
励ましたものの、ばあやの胸の内も晴れない。
姫さまをほったらかして一目散に側室の許に駆けつけるなんて、キモガマのやつ。人道的には間違ってないけど。
男なんて。やっぱり見た目が全てなんだろうか。
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