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gama10.恋人選びの門
「アヤメがいなくなった、…!?」
息急き切って知らせに来たルキオからの報告に、ガマニエルの血の気が引いた。
が、傍目には勿論分からない。濃茶色の斑模様と突起物のあるぬらりとした皮膚は安定の気味悪さを保ったままだ。
アヤメもガマニエルもただの旅の一行として振る舞っており、一国の王族という素性は明かしていない。狙われる覚えはないはずだが、誰が。一体なぜ。
ガマニエルはすぐさま教会を出て、祭りで賑わう通りへ急いだ。
様々な市が並び、多くの人々でごった返す通りは、人混みが邪魔して中々先へ進めない。気ばかり焦るが、実際は往来の真ん中に足留めされているガマニエルは、格好の見世物になっていた。慌てる余り、いつもの分厚いフード付きのコートを置いてきてしまった。醜悪なガマガエル妖怪の容姿を真昼の明るい日差しの下、公衆に晒している。祭りの仮装かとまじまじと眺める者、慄きながらも目が離せない者、好奇心露わにカメラのレンズを向ける者、とガマニエルの周りに様々な視線が集まってくる。
普段のガマニエルなら、自分に向けられる好奇と蔑み、嫌悪の視線には人一倍敏感で、コートを忘れるなどという失態は犯さない。そもそも極力人混みには出て行かない。しかし、今はそれらが全く気にならない。どう見られようと、どう思われようとどうでもいい。アヤメが無事ならそれでいい。
ただ、自分の不甲斐なさに腹が立つ。嗤われることを恐れて、目を離してしまった。
「すまない、急いでいるんだ。通してもらえないか?」
醜悪な見世物に集まる人の群れをかき分けて、ようやくルキオが先導する場所に辿り着いた。祭りの市が立ち並ぶ通りの一角で、ばあやとガラコスが途方に暮れた様子で佇んでいた。
「おーじ、消えた! 館ごと消えた!」
「姫さまが、怪しげな館ごといなくなってしまわれました!」
先に入ったアヤメを追って、シンデレラの館と銘打った変身館に踏み込んでみると、途端に館自体が煙に巻かれ、気がついた時には館自体跡形もなく、見事に消えてしまったという。
「怪しげな女が、姫さまとは洞窟で会えると繰り返すばかりで、…」
ばあやは不安で泣きたい気分だった。
姫さまに万一のことがあったら、ばあやはとても生きてはおられませぬ。あの世の果てまでもご一緒致しとうございます、…ちょうどそこにあった玩具屋台の手刀を胸に向けて、独り芝居「忠誠の儀」を執り行ってみるも、気が付くと誰も見ていなかったので、おずおずと手刀を屋台に返してみた。こうでもしなきゃ不安でやってられんっちゅー話じゃ、と、誰にともなく言い訳してからばあやは両手を組み合わせて祈った。
姫さま、無事でいて下さい。
ガマニエルは、ガラコスとばあやから聞いた怪しい館と女の特徴、微かに残っている妖香を総じて、一つの名前に行き着いていた。
ラミナ、…?
『ラミナ様に言いつけてやるからっ』
『ラミナ様にかかればそんな安っすい愛情総崩れなんだからね――だ!』
この寒帯国に来る前に、襲撃してきた雪女たちはそう言っていなかったか。
ラミナスランド、ラミナスゲート、ラミナス祭、…
ここはラミナに因んだものが多くある。洞窟を隔てて魔界と隣り合うこの地は、ラミナの支配下にあるのではないか。ラミナとは、魔王ドーデモードが溺愛する魔王妃の名前。ガマニエルが呪いをかけられる元凶となった妃の、…
『狙われる覚えはないはずだが、誰が。一体なぜ。』なんて、何を呑気なことを思っていたのだろう。
ラミナは月皇子時代のガマニエルの行いを根に持って、ドーデモードにあることないこと吹聴した女だ。ガマニエルに甚だしい恨みがあるのは間違いない。
アヤメを館に引き入れて連れ去ったのはラミナではないか。
祭りの賑わいを背景に、ガマニエルは強く手のひらを握りしめた。
危険にさらすと分かっていたのに、アヤメを魔界に近づけてしまった、…
「おーじ、どうする?」「どうする?」
黙り込んでしまったガマニエルをガラコスとルキオが覗き込む。
「ラミナスゲート、…洞窟に行くぞ」
ガマニエルは祭りの通りから外れて、魔界との境にある氷の洞窟を目指した。ラミナに連れ去られたのなら、氷の洞窟、ひいては魔界に向かったに違いない。途中で、祭りをフラフラ楽しんでいたマーカスを見つけ、確保した。
身勝手な願いだと分かっている。でも、アヤメは。アヤメだけは。傷つけたくない、…
「えーっと、今から参加ですか?」
氷の洞窟前は、カップルイベント参加者と関係者で大賑わいだったが、アヤメの姿はもとより、姉姫たちや金銀王子たちの姿も見つけることは出来なかった。
「本当はもう締め切ったんですけど、せっかく素晴らしい仮装をなさってきたことですし、お二人エントリーですね」
無理を言ってガマニエルとマーカスのエントリーを受け付けてもらえた。
参加者たちは、全身獣だったり、ロボットだったり、魔女や勇者、天使に妖精など様々な姿を模した仮装をしている。さらに仮面をつけており、目を凝らしてみても、誰が誰だか分からない。そんな中に素で仮装と認められたガマニエルとマーカスが合流した。ばあやと二人の従者は洞窟前で待ち、イベントを終えて出てきたカップルたちを見極めることになった。この際ばあやも参加したかったのだが、わがままは言えず、ガラコスとルキオは大いに胸を撫で下ろしたのである。
「それではいってらっしゃ~い」
イベント主催者から雪灯篭が渡される。
本来は自分で好きな形の手持ち灯篭を作るのだが、急遽参加したガマニエルにはその時間がなく、主催者が選んだ灯篭を貸してもらうことになった。リンゴを象った中に灯りの灯った蝋燭が置かれている。
「…可愛いっすね」
その生き生きとした可愛らしさはどこかアヤメを彷彿とさせた。
「俺はこっちから探すからお前はあっちへ行け」
「ええー、一緒に行ってくれないんすか、アニキ」
名残惜しそうな仮面の大柄トカゲを追いやって洞窟に足を踏み入れ、巨大な氷柱が垂れさがっている鍾乳洞を進んで行く。内部は暗く冷気が漂い、道は入り組んで、いくつもの岐路があった。イベントカップルはいくつかある入り口から別々に中に入り、灯篭の間に集っている参加者の中から声を出さずにパートナーを探し、見つけられたら灯篭を置いて出てくる、ということになっていた。
「ちゃんと俺を見つけてくださいね、アニキ」
別れ際にこそっと囁きかけられたマーカスの言葉を思い出し、ガマニエルは不本意ながらマーカスとカップルとして参加してしまったことを知った。
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