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氷の洞窟内にある灯篭の間は、仮装に仮面をして、自分の姿を隠した多くの参加者で賑わっていた。
会話をすることは禁じられているが、ダンスの申し込みをして踊ることが出来る。ダンスを通じてパートナーを確認しろということらしい。中央に積み重ねられた雪灯篭の祭壇は、既に相手を確認して外に出て行ったカップルたちが残していったものだ。その祭壇を囲んで、仮装仮面のまま、多くの男女たちが思い思いのダンスをしている。
アヤメは文字通り壁の花(しかも氷の)と化して、華やかに踊る男女のペアを眺めていた。
その中には、先ほどからひっきりなしに声を掛けられ、休む間もなく踊り続けているアマリリスとアネモネ、ドゴールとシルバンの姿もある。それぞれに、美しいコバルトブルーと可愛らしいローズピンクのドレスに身を包み、煌びやかな金と銀の騎士の衣装を着た本来のカップルとは別の人と踊っている。
どんなに仮面をつけていても匂い立つような美しさは隠せない。
姉姫たちも金銀王子たちも持って生まれた華やかさが溢れ出ていて、砂糖に群がるアリのように次々と人が寄ってくる。
姉姫たちだけでなく、別のカップルたちも、それぞれに相手を見極めながらも、この場限りの新たな出会いを楽しんでいるようだ。
《アヤメ姫は踊られなくてよろしいのですか?》
誰にも声を掛けられず、ひたすらに壁の花を続けるアヤメに、隣に立ち並んだ女性が問いかけるような目を向ける。鮮やかな緋色のドレスに美しいプロポーションが映える。アヤメをこの洞窟イベントに連れて来てくれた変身館「シンデレラの館」の館主、ラミナさんだ。
アヤメは静かに首を横に振った。
踊らなくても良かった。ラミナには自分に構わず踊ってきて欲しいと伝えているが、ラミナもまたその場を動かなかった。
仮面で隠されてはいるが、ラミナは顔も超絶に美しく、先ほどから何度もダンスの申し込みを受けている。しかし、やんわり断ってアヤメの隣に付いていてくれるのだ。
《なりたい自分にしてあげる》
と、ラミナは言った。
もう少し器量が良ければ、利発であれば、要領よく振舞えれば、…
旦那様もカップルイベントに参加することを躊躇したりしなかったかもしれない。
せめてあと少しだけ、目が大きければ。鼻が高ければ。色が白ければ。女性らしい身体つきであれば。
父王をがっかりさせることがもっと少なかったかもしれない。
アヤメが、長い間その身に感じてきたことを知っているかのように、ラミナは希望を叶えてくれた。
変身館で、アヤメは飛び切り美しい容貌の姫君になり、愛くるしい女子になり、誰もが認める高貴なプリンセスになった。
「さあ、その姿で意中の殿方をお誘いなさい」
ラミナは変身したアヤメの姿を絶賛してそう勧めてくれたけれど、最終的にアヤメはどの姿になることも断ってしまった。
確かに理想の姿がそこにあった。姉姫たちのように人目を惹く美しい姿があった。父王を喜ばせるであろう姿があった。しかしどの姿も、もはやアヤメではなかった。
結局、蓮の花を思わせる白いドレスを借りて、仮面をつけるだけにした。何の変身も遂げていない平凡たる牛蒡娘の姿で、洞窟イベントに参加させてもらうことにした。純粋に氷の洞窟の様子を見てみたいと思ったからだ。ラミナにパートナーを連れてくるよう言われたが、自分とカップルなどと思われては申し訳ないので、ガマニエルを誘うことはしなかった。
ばあやたちには洞窟にいることを伝えているので心配はいらないと言われ、ラミナはあっという間に洞窟に移動し、手続きを終えて、ペアとして洞窟に入らせてくれた。
アヤメは浮世離れした幻想的な世界を目の当たりにし、十分に感動していた。誰にも声を掛けられずとも、ダンスなど出来なくとも、このイベントに参加させてもらったことに感謝していた。
《そろそろ出ましょうか》
と、ラミナに伝えようとした時、新たに灯篭の間に入ってきた人物に気づき、アヤメの胸は大きく波打った。
ガマニエルだ。
仮面をつけてはいるものの、ガマニエルは仮装をしていない。いつも身に着けているローブも羽織っていないので、一目でわかる。どうして、ガマニエルがここに?
ガマニエルは一心に誰かを探すようなそぶりを見せている。
誰と一緒に参加したんだろう。
胸の奥がギュッとつかまれたように痛くなる。
アヤメは手にしたままの雪灯篭を落としそうになり、すっとラミナに支えられた。その時何故かラミナが、曰くありげな様相を呈していることに気づいた。仮面の下の目が光ったような、艶やかな金色の髪が逆立ったような、獲物を見つけたハイエナのような、…そんな不穏な気配を感じてしまい、アヤメは慌てて首を振った。雪灯篭を持ち直させてくれたラミナに、もう不審なところは見当たらなかった。
ガマニエルは、その身体の大きさ故に注目を浴びていた。
堂々たる風体に普段は躊躇いを見せる人々も、仮装だと思うからか、ひるまずに群がっていた。着飾った多くの美女たちに囲まれ、ダンスの申し込みを受けている。
しかし、ガマニエルは承諾していないようで、人々を避けながら、視線を巡らせ、誰かを探し続け、…
ふいに、壁の花の奥義を極めたアヤメと目が合った。むろん、仮面越しなのだが、確かにガマニエルがアヤメを見た。
ガマニエルは大股にアヤメのいる方に近づき、しかしその途中で両側からアマリリスとアネモネに抱き着かれた。
ガマニエルは一瞬アヤメに、否、アヤメの隣にいるラミナに視線を向け、動きを止めると、アマリリスを抱き上げてダンスを踊る人々の輪に加わった。アネモネは近くに居たトカゲ族姿のやはり仮装していないマーカスとペアを組んで踊り始めた。灯篭の間に流れている曲が変わったところで、ペア替えをして、ガマニエルはアネモネと、マーカスはアマリリスとも踊った。
巨体でありながら、ガマニエルの動きは優雅で華麗で、威厳に満ちている。その力強さと美しさに、周りで踊っていた人々も次第に動きを止め、思わず見惚れた。
自由に選択が出来れば、ガマニエル様は私たちを選ぶ。敢えてアヤメなどを選んだりしないのよ。
アヤメに向かって、時折チラリと飛ばされる姉姫たちの視線が雄弁に物語っていた。
ガマニエルがダンスを終えると、誰からともなく拍手が沸き起こり、灯篭の間は称賛の嵐に包まれた。
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