gama11.魔王ドーデモードの呪い

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gama11.魔王ドーデモードの呪い

氷の洞窟は中で複雑に入り組んでいる。 分厚い氷の天井と壁、行く手を阻む氷柱の山。雪灯篭を片手に、ドレス姿で抜けるには多大に困難な道のりと言えた。ガマニエルの後を追って、後先考えずに飛び込んだアヤメだったが、全て同じように見える広大な氷の壁に阻まれて、ガマニエルを見失ったばかりか自分がどこにいるのかもわからなくなっていた。 『実際には迷い込んで出られなくなることも多いですし、万が一魔界に通じてしまったら帰って来られる保証はありませんから、基本的には閉鎖されているんです』 ラミナスランドの司祭モリス卿はそんなことを言っていなかったか。 そう。顧みるに。完全に。迷子だ。 アヤメは四方八方を巨大な氷の壁に囲まれていた。灯篭の灯りに揺れるアクアブルーの壁は、長い間閉じ込められて凍てついた涙の塊のように見える。 ガマニエルを追いかけて、敢えてイベント出口には向かわなかったのだから、こうなることは予測できた。 でも、… 足手まといと分かっていても、ガマニエル様について行きたかった。 このアクアブルーの壁は、私の代わりに泣いている。 なんて。少しばかり現実逃避を試みていたアヤメの前に、救世主が現れた。 「もしかしたらアヤメ姫は魔界に向かわれているんですの?」 「ラミナさん!」 ラミナは闇雲に突き進むアヤメの後を追いかけて来てくれたらしい。 「私、魔界への道を存じていますわよ? アヤメ姫がお望みなら連れていって差し上げてもよろしいですわ」 これまでアヤメの近くに居た美人、…誰とは言わないが主に姉姫たち、は、美しいだけで底意地が悪かったが、ラミナは美しい上に心根も優しい。世の中にはこういう人もいるのだ。 「有難うございます、ぜひ、…っ」 一も二もなくアヤメはラミナの申し出に飛びつく。こんなところで迷子になっていては、ガマニエルの役に立てない。 「ただ、一つだけ教えていただきたいのです」 仮面を外したラミナは吸い込まれるように美しい瞳をじっとアヤメに向けた。 「あの方はアヤメ姫にまるで無関心でしたのに、なぜ追いかけますの? 彼はあなたを利用しているだけじゃありませんか?」 その問いは、既に血が溢れているアヤメの胸の奥に新たな棘となって刺さった。 …利用。 思い返してみれば、アヤメの人生は利用されるばかりだった。 器量が悪いので使用人の代わり。要領が悪いので人体実験の被験者。国家没落の憂き目に遭えば妖怪国へと嫁入り。何一つ父王の期待に応えられず、がっかりさせてばかりいた。嫁ぎ先のガマニエルは、… 『よく来た、アヤメ』 アヤメにがっかりする素振りは見せなかったけれど、… 「…、たいのです」 「え?」 選ばれないことに慣れていても、やっぱり痛みは残る。 期待に沿えないと自分を丸ごと否定したくなる。でも。 「ただ、私がそばにいたいのです」 そんな気持ちを抱かせてくれた人に会えたことに感謝したい。 ラミナは一瞬、取るに足らない牛蒡娘が神秘の輝きを放ったように感じて、目を瞬かせた。勿論その錯覚は一瞬で消えた。目の前にいるのは巨大な氷の壁に阻まれて凍死しようとしているちっぽけな小娘。何の力もなく、誰にも選ばれず、あの醜い化け物に利用されるだけの。 「分かりました。ついていらして」 ラミナはアヤメの先に立って氷の道を登り始めた。 どうして。 通い慣れた魔界への道を進みながら、ラミナは不可思議な思いにとらわれていた。 絶対的な美貌も魔王妃という名声も兼ね備えている自分より、この牛蒡娘は眩しく映るのだろう。 その頃。 アヤメたちよりも一足先に、ガマニエルたちは氷の洞窟を抜けることに成功していた。 青透明に囲まれた神秘的な洞窟の先は、暗く澱んだ妖気の漂う魔界の入り口だった。 「こ、…ここはどこですの」 「愛の逃避行の果てにしては澱んでましてよ」 「そういえば、ガマニエル様には乗り越えるべき愛の試練がおありじゃ、…」 「そういえば、ガマニエル様の今回の旅の行き先は魔界じゃ、…」 アヤメを出し抜いてまんまとガマニエルの隣を手に入れたアマリリスとアネモネは、魔界の空気に触れて決断を早まったような気分になっていた。 私たち、もしかしたら、とんでもない人ととんでもないところに来てしまったのでは!? 「怖気づいたか?」 薄暗い空の雲間から、一筋の月明りが差し込んで、魔界の空気が月の力を最大にし、気まぐれな真実を映す。 アマリリスとアネモネに問いかけたガマニエルは、一瞬の月明りに触れ、神々しいまでの麗しさを発していた。奇跡の月皇子。太陽も月も、生も死も、善も悪も思いのまま。 「まさかまさかのガマニエル様」 「生涯を共にすると誓ったではありませんか」 「何があってもお供いたしますわ」 「私たち、身も心もガマニエル様のもの」 「ああ、どうして」 「どうしてあなたはそんなに美しいの~~~」 月の一瞬の悪戯に、姉姫たちが我に返る機会は失われた。引き返す最後のチャンスは、美しさの魔法に溶けた。 《ギギギギ――――》《ギーギギ―――》 何の魔物か分からない不気味な鳴き声が聞こえる。 暗く閉ざされた蛙国よりも遥かに不気味でおどろおどろしい魔の森を抜ける。戯れに襲い掛かる吸血植物や巨大な魔虫たちは、マーカスの剣の前に敗れ、一行は魔の森の先に見え隠れする魔王ドーデモードの魔王城に近づいていた。
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