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「ガマ王子とアヤメ姫の末永い幸せを願って。この国の繁栄と平穏を祈って。乾杯~~~」
皇帝の音頭で祝杯が挙げられ、王城の内外に集まった多くの蛙国民はこの国にやってきた花嫁と時期王である王太子の成婚を祝った。
「おーじ、万歳」「お嫁様、万歳」
ガマ王太子と並んで立つアヤメの周りにたくさんのお祝いの声が届く。
結った髪に睡蓮の髪飾りをつけ、純白の美しいドレスを身に纏ったアヤメは、自分が自分ではないどこかの「お姫さま」になったような気がした。(実際これまでも、正真正銘、第三皇女であったのだが。)
王太子が用意してくれた純白のドレスは、アヤメのサイズにピッタリだった。滑らかな素材は凹凸のないアヤメの貧相な身体を優しく包み、ふんだんにあしらわれたレースは華やかで、アヤメが動くたびにスカートの裾が軽やかに揺れる。こんなに美しいドレスを着たのは初めてだった。
「姫さま、お綺麗です。至極お似合いにございます、…っ」
アヤメの盛装を見たばあやがまたも涙を零す。
「ばあやは、ばあやは、姫さまの幸せだけを楽しみにお仕えして参りました」
ううう、と嗚咽を上げるばあやにアヤメは優しく微笑みかけた。
「ありがとう、ばあや。私、とっても幸せよ。ばあやのおかげよ」
それは紛れもないアヤメの本心だったが、ばあやは大切な姫さまの隣に立つのがおどろおどろしい蛙の化け物であることが不憫でならなかった。高慢ちきな姉姫たちは金と銀の見目麗しい王子たちに嫁いでいったというのに。
「なぜ姫さまだけがこのような、…」
問題の花婿は、何度見ても醜悪極まりない身体を煌びやかな衣装に押し込み、アヤメの隣で泰然と国民たちの祝いを受けていた。
無表情。不気味。怖い。気持ち悪い。そしてやっぱり最高にグロい。
世間知らずで純真な姫さまはこれから訪れる初夜を含んだ結婚生活を少しも憂いておられないようだけど、もはや呪われているとしか思えないほどの醜さにばあやは辟易した。姫さまには、本当に幸せになって欲しいのに。
「この国の蓮根は、本当に美味しいですね」
ばあやの内心を知ってか知らずか、アヤメは満面の笑顔で料理を味わっている。
祝宴には、蛙国が誇る蓮根料理がふんだんに振る舞われていた。
サラダ、炒め物、あえ物、煮物、揚げ物、ハンバーグ、餅、スナック、蓮根はどんな調理法にも合って、食する者の舌を楽しませてくれる。デザートのケーキやお酒にも蓮根の成分が使われていると知ってアヤメは驚いた。大げさではなく、こんなに美味しいものは初めて食べた。
「そうか。お前が気に入ったのなら良かった」
ガマ王太子は低く沁みる声で応えた。
「好きなだけ食べるがいい」
「はい!」
ガマ王太子は優しいけれど、素っ気ない。アヤメと目を合わせようとはしない。アヤメが寄り添うように近づくと、さり気なく距離を取られる。アヤメの小さな胸はわずかに痛んだ。どんなに美しいドレスを身に着けようと、中身は牛蒡。よく来た、アヤメと優しく呼んでくれたけれど、本当はお姉さまたちのように美しい姫が良かったのかもしれない。
それとも。
アヤメは精巧に作られた王太子の顔をそっと窺った。
このようなお姿をしていることと関係があるのかしら。
それを聞いてみたいけれど、なかなかチャンスをつかめずにいる。
確かに蓮根料理は格別だ。そして姫さまは嬉しそうだ。
しかし、どうにも婿殿がグロい。
蓮根のはさみ揚げに舌鼓を打ちながら、ばあやはやきもきしていた。
「姫さま、余りがっついてはダメにございますよ。我々を太らせてから食べるという可能性もまだ残ってますからね。ワタクシ、そのような物語を読んだことがございます。森で迷子になった兄妹がお菓子の家を見つけましてね、…」
「ばあやったら、私よりたくさん食べてるくせに」
姫さまは呑気に笑い声を上げている。蓮根料理が美味し過ぎて、次々伸びる手を止められないのは事実だった。ばあやにしてもこんなに美味しいものは食べたことがない。
この期に及んで、もはや我々を食べはすまいか、…
「ばあや様、食べない」「うまくない」「ペッペ」「ぺっぺ」
ばあやに馴染んだガマ獣人たちが舌を出してからかう。
踊ったり歌ったり催し物が繰り広げられ、蛙国民は大いに盛り上がっていた。祝宴は夜更けを過ぎても続き、アヤメは次第に眠気を覚えた。と思った時には既に遅く、突然ふらりと身体が傾き、隣にいる王太子に寄り掛かっていた。
「…アヤメ?」
ふいに倒れ込んできた小さな温もりをガマ王太子は慌てて受け止めた。
どんな夢を見ているのか、娶ったばかりの花嫁は無防備に愛らしい微笑みを浮かべていた。
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