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「わあ。凄く綺麗に染まったわ」
「当たり前にございます。このばあやの手にかかれば、…」
「さすが蛙国の蓮根ね」
「いえいえ、これはワタクシめの才能、…」
「蓮根、さすが」「さすが」
「さすがはばあやだっつーのっ」
ばあやと蛙獣人の掛け合いはばっちりだ。
アヤメとばあやが蛙国に来て数日。
一見おどろおどろしい容姿のガマ獣人たちは極めて優しく、驚くほど穏やかで心安らぐ日々を過ごしている。
基本、アヤメの行動は自由で、日中は専ら蓮根栽培の手伝いに勤しんでいた。あちらこちらの蓮池に育つ蓮根の様子を見て手を掛けながら、王城や街中で必要とされたところに手を貸す。それは店番だったり子守だったり掃除だったりし、これまで野良仕事や家事手伝いで培ってきたアヤメの経験を大いに生かせた。
蛙国民は身分や階級に頓着しないらしく、アヤメが王太子妃であるとか、蛙と見た目が違うとかいうことは誰も気にしていないようで、
「アヤメ、アヤメ」
と、どこにいても気軽に声がかかる。
とりあえず今日は市中で行われた酢蓮コンテストに参加し、花形にした蓮根を梅酢でピンク色に漬け込んだ。
形、色、艶、といった見た目の美しさと、この後実食し、歯触り、触感、余韻といった味わいの奥深さで入賞が決まるらしい。
「美味しい」「酸っぱい」「甘い」
参加チームの酢蓮披露が終わると、審査員の子ガマ獣人が酢蓮を食べ比べて率直な感想を言い合った。
「優勝は、ガラコス・ルキオチーム!」
歓声とともに優勝者には蓮根タワーが送られた。
ガラコスとルキオは輿入れの日にアヤメを迎えに来てくれた蛙獣人だった。すっかり打ち解けて四六時中ばあやに突っ込みを入れている。
「ガラコス、さすが」「ルキオ、さすが」
結局、アヤメ・ばあやチームは見た目の美しさは評価されたが、味わいが甘すぎる点で入賞を逃した。
「あー、楽しかったわ。ねえ、ばあや?」
日が暮れかけた中、しめやかな風にあおられてばあやと王城までの道を歩く。アヤメたちの後ろには蓮根タワーを背負ったガラコス・ルキオが並ぶ。必要とあらばいつでも担いでくれるが、ぶらぶら歩くのも楽しい。
「ばあやの味にケチをつけるなど、百万年早いんですわ」
評価に納得のいかないばあやはぶつぶつ言って、
「ばあや100歳」「いや、100万歳」「万歳」「万歳」
要らぬ突っ込みを受けている。
穏やかに夕暮れを歩くアヤメは本当に楽しそうに見える。国民は親切だし、蓮根は美味しいし、誰かと比べられてなじられるようなこともいない。それなのに、ふとした拍子に寂しそうな顔をするのは、…
「姫さま、あの、婿殿は、…」
ばあやに思い当たるところは一つしかない。
「…どちらにいらっしゃるか分からないわ」
あの不気味にグロテスクな化け物のせいだ。
どうやらあのガマガエルの妖怪は、ばあやの大切な姫さまをほったらかしているらしい。
普通に考えれば、あんな不気味な化け物に寄りつかれずに済むなんて小躍りして喜ぶところだろうが、何を間違ったか姫さまはそれを寂しく感じているらしい。
「あのね、ばあや。夫婦って別々に眠るものなの?」
ついこの間、アヤメがしょんぼりと語りかけてきた。
「最初の夜はそこにいて下さったのに。私がみっともなく眠ってしまったから嫌気が差してしまわれたのかしら」
どうやら、夫婦の営みはおろか、化け物はアヤメにほとんど指一本触れていないらしい。それこそ万々歳を叫ぶところだと思うのだが、姫さまは悲しそうにしおれている。
「姫さまがお可愛らしすぎて、手が出せないのですわ。あのゲス野郎、…あ、いえ、王子は己を知っていらっしゃるんですわ」
「私に魅力がないのね、…」
「そんなことあり得ませんわ。ゲス、…ゲゴ、…ガマ、…王子は照れていらっしゃるんですわっ!!」
あのグロい蛙に照れなどあるのか、と思いながらもばあや語気を強める。
姫さまが落ち込んでらっしゃる。許せぬ。グロいくせに奥手ぶって姫さまを悲しませるとは。もはやあの見た目で選り好んでるわけではなかろうな。
いやまさか。あのグロさだ。女が寄りつくはずもないから、恐らく何の経験もないのだろう。不本意だが仕方がない。
「恐れながら姫さま。世の中には嫁が誘惑した方が良い場合もございます」
「誘惑?」
「裸エプロン、ですわ」
「まあ、変わった風習ね」
「それで旦那様をお迎えすれば喜ばない者はいないとか」
「お腹が冷えないかどうか心配だけれど、…」
「それはもちろん、腹巻を付ければよろしいのですわ」
「ありがとう、ばあや。やってみるわ」
姫さまは素直だ。そして最高に可愛らしい
あの怪物がこれで落ちないわけがない。
ばあやの目論見通り、その夜、城の居室に戻ったガマニエルは大いに狼狽えることになるのだった。
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