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工場の夏は暑い。
コンクリートの壁に囲まれたそこはまるでサウナだ。むわっと熱気が籠り、じめじめと体を蒸し焼きにする。この状況にも関わらず、冷房なんてハイテクな機械は存在せず、日が高くなるごとにどんどん気温が上がっていくばかり。業務用の大型扇風機なら置いてあるものの、吹いてくるのは生暖かい熱風のみ。どんなに風量を上げても涼しくははならない。作業着は仕事開始から三十分もしない内にびっしょびしょ。今、自分の体からどんな匂いがするのか、考えただけで嫌になる。
工場の夏は暑い。暑すぎる。
しかし、こんな地獄にもたった一つだけ、癒しをくれるものがあるのだ。
それがこの、スポットクーラーだ!
私は肩に掛けたタオルで額の汗を拭うと、辺りを見回した。どうやら同僚たちは別のフロアにいるらしく、今ここには私しかいない。
チャンスだ!
私はスポットクーラーの前を陣取ると、その口を自分の顔の手前まで持ってきた。
途端に冷たい風が私の顔を直撃する。あまりの爽快感に脳みそが一瞬で覚醒し、先ほどまで若干感じていた眠気なども吹き飛んでしまう。
上がった体温が一気に冷やされ、汗も吹き飛ぶ。ベタベタだった髪は、まるで踊っているかのように鮮やかになびく。地獄だったそこは一瞬にして天国へと変わり、究極の至福が私を包み込む。
それでもまだ足りないと、私は更にスポットクーラーに顔を近づける。ボーボーという轟音がより大きくなり、それと共に冷風も強まる。
あ~、気持ちいいなぁ。
私は今が仕事中である事を忘れ、そのままゆっくりと目を閉じた。
━━━━洞窟の中は暗く、懐中電灯がなければたった数メートル先ですら何も見えない。その恐怖に仲間たちは思うように前へ進めないようだ。
だが、私たちの行くてを阻むのはそれだけではない。そう、最も厄介なのがこの強烈な向かい風だ。洞窟の奥から吹いていると思われるこの冷風は、まるで私たちの侵入を拒むかの如く強く吹き荒んでいる。一歩、足を踏み出すだけでも相当な力を込めなくてはならない。
隣に仲間は一人もいない。みんな、この風に怖じ気づいて遥か後方で立ち止まっているのだ。
「情けないわね……!」
私はそんな仲間たちを尻目に、前へと踏み出す。風は弱まるどころか強まっているように感じる。少しでも気を抜くと私の体は吹き飛ばされてしまうだろう。その上、目の前は真っ暗で、もし何かが飛んで来たとしても避ける事なんて到底出来ないだろう。しかも足元も見えないので、何か踏んで転んでしまうかもしれないのだ。
こんな悪条件の中、それでも私はこの洞窟の奥を目指す。
そこに何があるのかすら知らない。
しかし、それでも私は進む。ただひたすら、前に。
なぜって?そんなの……
「涼しいからだあああああああ!!!」
私は無我夢中で走り出す。
究極の"涼"を求めて━━━━。
……マズイ、人の気配だ。
私は速やかにスポットクーラーから離れると、なに食わぬ顔で持ち場に戻った。
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