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「ただいま」
玄関の扉を開けてすぐ、けだるげな顔をした御伽は呟くように帰宅の挨拶をこぼす。
脱ぎ捨てた靴を適当に直し、廊下を進んで一番奥の扉を開けると、広々としたダイニングキッチンが彼女を迎えた。
「おー、おけーり。飯出来てんぞ」
キッチンテーブルの向こうから男性が振り返った。薄青のエプロンを身に着け、手にはお玉杓子を握っている。
鼻筋が通った二枚目で、きりっとした眉が特徴の男だ。目尻に出来た笑い皺には妙な色気がある。服の上からでも引き締まった体型をしているのが分かった。これほどの容姿であれば、女性から放っておかれることなどなかったに違いない。
年齢でいうと、安藤と同年代くらいだ。父親というには若過ぎるが、兄にしては少し年が離れて見える。
「手洗ったらテーブルに並べてくれ」
「ん」
短い返事をした御伽は鞄を椅子に置き、洗面台へ向かう。言われた通りに手洗いを済ませ、すぐに戻ってくると、盛り付けられた大皿をテーブルに並べ始めた。
全て並べ終わり、茶碗にご飯を盛り付け、味噌汁も準備出来たところで、御伽は彼と向かい合う形で席に着いた。
手を合わせて同時に「いただきます」と言うと、それぞれが箸を手に食事を始めた。
「で、今日の事件はどうだったんだ?」
「解決したよ」
「また一課の奴らを振り回してんじゃないのか?」
「してない」
即座に否定した御伽だが、少し考えてから訂正した。
「准ちゃんには色々動いて貰った」
「あいつはどうでもいい」男は呆れた顔をする。
「好きなだけ扱き使ってやれ。お前に頼られるのが生き甲斐みたいな奴だからな」
随分な言葉だが、それについては御伽も理解しているようで頷いている。
この後も男が話題を振り、御伽が短く返すというやり取りを繰り返しながら食事を終えた。二人はまたもや揃って「ごちそうさま」を口にする。
実際の会話は少ないが、仲の良さは十分に窺える姿だった。
「着替えてくる」
片付けを始める彼に一声かけ、御伽は二階にある自室に向かった。階段を上り、自身の名前が書かれたプレートを吊るした扉を開ける。
「ただいま、ヨモギ」
部屋に到着するなり、彼女は窓側に設置された水槽ケージに向かって話しかける。
そこには一匹のカメレオンがいた。斜めに立て掛けた木の枝に掴まって、ギョロリとした目を忙しなく動かしている。
「はぁ、可愛い」
これまで殆ど表情の動かなかった御伽が蕩けたようにカメレオンを見みつめた。指先でちょんちょんとガラスを突きながら恍惚とする。
同僚達が見ればパニックになりそうなほどの別人ぶりだ。金森に至っては、きっと御伽が壊れたと思って失神するだろう。
もちろんそんなことは御伽の知るところではない。好きなだけペットのカメレオンの姿を堪能した御伽は、スーツを脱いでシャツと短パンという楽な服装に着替えた。
身軽になった彼女はデスクに着いてパソコンの電源を点ける。起動してすぐにメールの着信を知らせる音が鳴ったので、メールボックスを開いて中身を確認した。
受信は一件だ。知らないアドレスからだった。件名には何も書かれていない。
迷惑メールの可能性もある。ウイルスに感染している場合もあるかも知れない。普通なら読まずに削除するだろう。だが、何かしらの勘が働いたのか、御伽は躊躇わずメールを開いた。
そこにあったのは短い文章だ。一文が視界に飛び込んできた瞬間、彼女は険しい表情で画面を睨み付けた。
“シンデレラの結末は気に入った?”
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