爛れたお菓子の家

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 後日、詳しく精神鑑定をしたところによると、滝川には軽度の双極性障害であったことが分かった。躁状態と鬱状態が繰り返して現れる精神疾患だ。  基本的に躁状態であったことから、元気な明るい先生という印象で、周囲には気付かれなかったらしい。 「赴任して始めての担任クラスで、頑張ろうとするあまり、逆にそれがストレスになり、精神的に相当追い込まれていたようだ。誇大妄想に囚われるのも躁鬱病では少なくないらしい。そのうち彼女は現実との区別がつかなくなったんだろう」  土屋の説明に御伽も納得した様子で頷いた。  とはいえ、小学生の男の子を犯行に利用したことは極めて悪質といわざるを得ない。大した減刑は望めないだろう。 「彼女がそういう妄想に取り憑かれた原因についてだが、押収したパソコンを調べたらこんなサイトを見ていたのが分かった」  御伽の前に土屋がプリントアウトされた紙を差し出す。  そこには童話をモチーフにしたゴシック調のデザインが映っていた。以前、大上殺害事件で逮捕された狩井が見ていたものと同じだ。 「ここの管理人を随分と慕っていたようだ。彼女の作る物語を自分も手伝うんだと。それなら素直に小説でも書いていれば良かったろうに、まさか現実に当て嵌めて他人の人生を狂わせるとはな」 「そうっすね」  軽く頷いた御伽の反応に、土屋は物言いたげな視線を向けた。 「このサイトに何かあるんだろう?」  御伽は少し驚いた様子で彼を見上げる。すると、真剣な眼差しとかち合った。 「鑑識の話では、以前逮捕した狩井のパソコンにも同じものが見付かったらしい。それに、王地美紀もまたこのサイトを閲覧していたことが分かっている。これまでの事件、裏で繋がっているんじゃないのか」  黙って彼を見つめていた御伽はフッと口許を緩める。 「流石は警部。長年、第一線で犯罪を取り締まってきた刑事の勘ってやつっすか」 「茶化さずに答えろ、御伽。キャリアのお前が警察庁から移動してきたのも、このことが関係していると俺は踏んでいる」  これ以上は隠し通せないと思ってか、御伽は降参するように両手を挙げた。  話を逸らしたところで誤魔化されはしないだろうし、仮にここで引き下がったとして、納得しない土屋は独自に捜査を始めるかも知れない。そのせいで久遠に目をつけられることになっては本末転倒だ。 「正直、警部達のことは巻き込みたくはなかったんすけど」 「お前が移動してきた時点でそれは無理じゃないか?」 「確かに」  否定しようもない正論に御伽は苦笑する。けれど、すぐに表情を改めると、土屋を真っ直ぐに見据えた。 「ちょっと厄介な奴から挑戦状を受け取ってるんすよ」  御伽はそう言って、土屋にスマートフォンの画面を見せた。  そこにはパソコンから転送されたメールが開かれ、いつもと同じような不可解なメッセージが記されていた。 “魔女は釜で焼かれて死に、お菓子の家から無事に逃げ仰せたヘンゼルとグレーテルは、家族の元へ帰ることが出来ました” “そして、ひもじい生活に戻った二人は、お菓子の家で過ごした夢のような日々に思いを馳せながら、不満を抱えて暮らすのでした”
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