相手の心が自分のなかに

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相手の心が自分のなかに

「昼間キスしたくないのは、これが理由なんだ。晴之の目を見たら抑えが利かなくなる」 「抱いてもよかったのに」 「ばか。俺にだって常識はある」 壊れ物を扱うように、加賀谷さんは私をそっと抱きしめた。 「俺に抱かれたら、晴之が男じゃなくなるような気がするんだ」 「女みたいになるということですか」 少し違う、と加賀谷さんは言った。 「男としての悦びを知らずに晴之は大人になるんだよ。人を抱くのがどういうことかわからないまま、俺に抱かれるんだ。そう思うと、こんなことしていいのかなって考えてしまう」 加賀谷さんは私のためを思うあまり遠慮していたのか。 うれしいと感じると同時に、未経験であることが悔しかった。もし私が誰かの肌を知っていたなら、加賀谷さんはためらわずに私を抱くことができたのだ。 「……童貞なんて、さっさと捨ててしまえばよかった。酔った勢いでいいから適当に誰かを抱いておけば、加賀谷さんはすぐに抱いてくれたんだ」 「晴之、逆だよ。俺も女を知らなければよかった」 加賀谷さんはさみしそうに笑った。 きっと今まで抱いた女性のことが浮かんだのだろう。知りたいけど聞きたくない。加賀谷さんの幸せだったはずの過去にとらわれてしまいそうだった。 「お互い何も知らなければ、どんなことでも試してふたりで泣いたり戸惑ったりできたんだ」 「そんなこと言わないでください」 私は首を振った。できることなら、自分を抱くことによって昔の恋人などひとり残らず忘れてほしい。 そう願うけれど、加賀谷さんには昔の自分の恋愛を否定しないでほしい。結局壊れてしまった愛でも、恋焦がれたときは確かな気持ちのはずだからだ。 でも、口にすることはできなかった。初恋が実ったばかりの私に、恋愛の何がわかるというのか。 とにかく、加賀谷さんは今のままでいい、と伝えたかった。 「ふたりとも初めてだったら不安で仕方ないですよ。どちらかが教えてもらった方がうまくできると思います」 「晴之。セックスのうまいって技術ではないんだよ。相手のことをわかってやれるか、自分の気持ちが伝えられるかどうかなんだ。俺は躯だけではなく、晴之と心もつなげたい」 私たちはふたりの人間なのだから、別々の心を持っている。 躯をひとつにする方法は知っている。でもそれと同じ方法で心もひとつにできるなんて知らなかった。 「抱き合えば、心もいっしょになれるんですか」 「ああ。相手の心が躯ごと、自分の中に入ってくるんだよ」 私の中に加賀谷さんの心が入ってくる。想像しようとしたけれど、できなかった。わからなかったけれどしてみたいと思った。 抱き合えば、加賀谷さんの心も躯も感じ取ることができる。 加賀谷さんは服の上から、私の胸を撫でた。手のひらをゆっくり動かしている。 私の心音から、私の心を読み取ろうとしているようだった。 「晴之には、ちゃんと自分の気持ちを言ってほしいんだ。怖いなら、何が怖いかはっきり言ってほしい」 昨夜の愛撫を思い出した。愛しいものを大切に扱う動きだ。 加賀谷さんは私の両手を握りしめた。 力を込めていなくても温もりは確かに伝わってくる。 「このままだったら、晴之は俺の思うままにされちゃうんだよ」 「それでもいいんです」 「本当に?」 首をかしげて、加賀谷さんは私の顔を覗き込んだ。 幼子を相手にするような穏やかな表情だった。 「するときの加賀谷さんは別人みたいです。そこが……少し怖いです」 「別人ね。それは自覚あるよ。晴之の反応を見てまずいと思った」 「でも加賀谷さんなら私を大切にしてくれるはずです。だから抱かれてもいいんです」
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