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素直になれ
やわらかいベッドの上ではない。今夜は曇りで星は出ていない。
理想とは全く違う。それでもよかった。
加賀谷さんとひとつになれるなら、どんな抱かれ方でもいい。
加賀谷さんは私の服に手をかけた。何も言わずに手を動かし私のネクタイを外した。
私は、床に落ちた自分のネクタイを見つめていた。誰かに解いてもらうのは初めてだから、足元で螺旋を描いているそれは自分のものではないような気がした。
加賀谷さんは眉を寄せ、シャツのボタンの辺りを睨みつけている。かなりてこずっているようだ。
「ああ、もう……引きちぎりたくなる」
「私がやります」
「やらせろ。俺の楽しみを奪うな」
私は目を閉じた。思わず、手を握りしめた。
「……あ」
三つ目のボタンを外したら、加賀谷さんは私の肌に触れた。全部のボタンを外してから、触られると思った。
「今の声、すげえかわいい。もう一回言って」
「いやです……ん、ん」
目をつぶったまま私は首を振った。
硬い手が私の肌をまさぐる。乾いてざらついた手のひらで撫でられるとくすぐったい。
「晴之、緊張している?」
「ええ。どうしてわかったんですか」
目を開けると、加賀谷さんは気遣うような瞳で私を見下ろしていた。
「震えているだろ」
加賀谷さんは私の左手を取った。確かに震えている。言われてから気づいた。
怖がるな。落ち着け。
心の内に言い聞かせても、身体は震えたままだった。
「どうしよう。こんなんじゃできない」
「俺が何とかする」
加賀谷さんが私の手を擦っても、指先、頬、唇にくちづけをしても、私の震えは収まらなかった。
「晴之。怖いって言ってみろ」
「どうして……そんなこと言いたくないです」
「素直になれ。俺に抱かれるのは怖いって」
私は首を振った。言ったら恐れが大きくなる。
もっと怯えてしまう。
「そうやって強がるから不安になるんだよ。本当は全然平気じゃないんだろ」
「大丈夫です」
「はっきり言っていいんだ。怒らないから」
でも、と私が言うと、加賀谷さんは私の手を強く握った。
「……抱かれるのはすごく怖いです」
私は小さな声で呟いた。
心の奥で固まっていたものが溶けていくような気がした。
「ちゃんと言えたな。いい子だ」
額に軽くくちづけが降ってきた。
「どうして怖いのか言ってみろ。心配なこととか、わからないこととか、何でも言ってしまえ」
加賀谷さんは私の手を握りしめて微笑んでいる。欲望のままに私を抱かない。こんなに私を思ってくれるなら、何もかも任せてしまっていいのではないか。
彼になら自分の全てを捧げてもいい。そう思っているのに、たやすく身を委ねることができない。
さっきは勢いよく抱いてくれと言ったのに、いざとなると怖気づいている。
新しいところへ踏み出したいのにためらってしまう。
どうして、私はちっぽけなプライドにしがみついているのだろう。何も言わずに、私は考えた。
得体の知れない不安と向き合うために無言になった。
「きっと、予想できないから怖いんだと思います」
私は自分の言葉を確かめるように、ゆっくりと話した。
加賀谷さんは頷きながら、私の話を聞いてくれた。
「私は、子供の頃から宿題やテスト勉強は早めにしないと不安でした。準備を念入りにしないとだめなんです」
笑わずに見守ってくれるから、普段は隠したい自分のことが話せた。
「だから、本番になると勇気が出ないんです」
「そうだな、昨夜は俺がしようって言って、ああいうことになったんだ。晴之は、心の準備なんてしていなかったよな」
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