愛しくなる

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愛しくなる

「あのときは、すごくうれしかった。いっしょになりたいって、どう言えばいいかわからなかったから」 加賀谷さんが何か呟いた。 かわいいって言ったような気がするけど、聞こえない振りをした。意識したら、もっと照れてしまう。 全てを受け止めてくれるような、やわらかくも熱い加賀谷さんのまなざし。この瞳に見つめられたら、いつも私がまとっている固い鎧なんか砕けてしまう。 ふと、思いついた。ためらいながら口を開く。 「あの……加賀谷さん、もうひとつ気になることがあるんです」 「うん、言ってごらん」 「もし、いっしょになったら、私たちは今みたいな穏やかな感じにはならないんですか」 「それはないと思うよ。晴之はどんな風になると思っているんだ?」 「言えないです。変態って思われるから」 「思わないから、言ってみろ」 ん、と言って加賀谷さんは私を促した。 合図のように、私の額にキスをしてきた。 「あ、愛憎劇というか……肉欲にまみれたふたりになりそうです」 「肉欲! あはは……すごいな。なってみたいよ」 加賀谷さんはお腹を抱えて笑っている。だから言いたくなかった。でも、冷めた目で引かれるよりはましだ。 「笑わないでください。変わるのがいやなんです。加賀谷さんにも変わってほしくない」 俯いて私は話した。 「大人の世界には憧れています。でも、今みたいなやさしい加賀谷さんでいてほしいです」 「安心しろ、晴之」 息を整えてから、加賀谷さんは思い切り私を抱きしめた。 「ひとつになったら、俺たちはもっとあったかくなれるんだ」 「本当に?」 「ああ、すごく相手が愛しくなるよ」 「……どんな風になっちゃうんだろう」 今だって、あふれそうなほどの思いを持て余している。更に深い愛情が持てるなんて知らなかった。 「すごく気になるだろ、晴之」 「うん」 私は力強く頷いた。 「いっしょになったら、もっと加賀谷さんのことが好きになれるんですよね。考えただけでどきどきしてきます」 湧き上がってくる昂ぶりを抑えたくて、私は何度も胸をさすった。その手を、加賀谷さんがしっかりと握る。 加賀谷さんの手は、私の手よりも、ずっとずっと熱かった。 「抱かれているときに不安になったら、こうやって抱っこしてやる。だから……」 「……ん、ん……」 突然の熱いくちづけに私は息を乱した。加賀谷さんの指先が私の背中を滑る。辿った跡が痺れるように疼くので、私は身悶えした。 強く、腰を引き寄せられる。漆黒の潤んだ瞳に見つめられた。 「俺のものになれ、晴之」 「はい、あなたのものになります」 加賀谷さんの背に腕を回して、私は息を吐いた。もう、身体は震えていなかった。 ほのかに燈るろうそくの灯りのような温かい心があふれてくる。こんな気持ち、さっきまでなかった。 これが、加賀谷さんが私にくれた愛情なんだ。 こんなに心地よい思いを与えくれるんだから、思うがままに私を抱くことはないだろう。包み込んでくれるような愛を私に送ってくれるはずだ。 「あのさ、先に言っておくけど、俺だって十回に一回は、獣のようになるからな」 「え!」 「そのときは、いつもより愛情たっぷりのアフターケアをするよ」 「うん、ありがとう」 いつか泣きながら抱かれる日がくるかもしれない。それでもいい。 淫らで荒々しくなっても、加賀谷さんには変わらない。 今ここにいる頼もしい男といっしょなんだ。 甘えるように、私は加賀谷さんの頬に自分の頬を擦りつけた。加賀谷さんは私の背中をゆっくりと叩いていた。 ふと、その手が止まった。 「晴之。ふたりでお風呂に入らないか」 「いいんですか」
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